やたらと当たりがきつい上司や先輩をかわす処世術

 妙に当たりが強い相手に出くわすことがある。周囲にはさほどでもないのに、なぜか自分にだけ物言いがきつい。何か機嫌を損ねたかと振り返ってみても思い当たらず、関係はギクシャクするばかり。そんなとき、どうすればいいのか。 説教 今回は実在する歌舞伎役者・中村仲蔵の生涯を描いた『仲蔵狂乱』(松井今朝子著/講談社文庫)から打開策を探りたい。主人公・仲蔵は3歳で両親と死に別れ、梨園に引き取られる。下積みの苦労を重ねながら、歌舞伎界の頂点に登りつめていく。

「新参者は何処(いずこ)でも苦労する」

 主人公・仲蔵は若い頃、先輩役者たちにひどくいじめられていた。自暴自棄になり、川に身を投げるが、通りがかった武士に助けられる。身の上話を聞いた武士は「新参者は何処でも苦労する。だが、一年辛抱すれば、翌年には辛さが半分に減る」と諭す。  ここで言う“一年辛抱すれば”は一見、精神論のようだが理にかなっている。一年あれば、どんな“新参者”も仕事に慣れ、周囲との関係も構築できる。味方が増えれば、つらく当たられる機会もおのずと減るし、いざとなれば反撃できる環境も整うのだ。

「噛まれた痛さに尻尾を巻けば、相手はますます嵩(かさ)にかかって噛みつくものだ」

 仲蔵に辛抱を説いた武士は、さらにこうも付け加えた。「ただし……断じて嬲り者(なぶりもの)になってはならぬ」。人間にも、動物と同じく、弱肉強食の原理が働く。「噛まれた痛さに尻尾を巻けば、相手はますます嵩(かさ)にかかって噛みつくものだ」と助言する。  これはまさに、やたらと当たりが強い相手と対峙する際、心に留めておくべきことだ。きつい物言いにビクビクするのは禁物。自信なさげな態度は相手の猜疑心やいらだちを誘い、さらに当たりを強める原因になりかねない。堂々とした振る舞いで機先を制し、付け入る隙を見せないのが重要だ。

「役者はどんな役でも振られた役をやるしかねえ」

 仲蔵の出世作は「仮名手本忠臣蔵」の盗賊・定九郎役。ごくわずかな出番しかない端役だったが、仲蔵は「役者はどんな役でも振られた役をやるしかねえ」と真摯に取り組む。その結果、主役がかすむほどの“当たり役となった。 “振られた役をやるしかない”のはいつの時代も、どんな仕事にも言えることだ。叱られ役になだめ役、場をなごませる役と、さまざまな役割がある。希望した役かどうかはさておき、その場に応じた最適な役割をこなす。それは、望む「役」をつかむための最短ルートでもある。  職場における「当たりの強い上司や先輩」も、すぐれた“役者”になりうる。役割はある。例えば、気難しい顧客対応のシミュレーション相手、あるいは部下のやる気を引き出す上での反面教師。避けたい気持ちをいったん脇によけ、活用し尽くすという観点で見直せば、つきあい方の突破口も見えてくる。<文/島影真奈美> ―【仕事に効く時代小説】『仲蔵狂乱』(松井今朝子著/講談社文庫)― <プロフィール> しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
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