トルコのEU加盟を加速化させるEU側の譲歩。背景に垣間見えるメルケルの焦り

photo by European People's Party on flickr(CC BY 2.0)

 11月29日にEU首脳会議で、トルコのダウトオール首相を招いてEU内に押し寄せる難民問題についての協議がブルッセルで行なわれた。トルコ国内にいるとされている200万人のシリア難民をトルコ国内に留まらせるようさせることが協議の狙いだ。その為の交換条件として、EU側がトルコに提示したのが30億ユーロ(3900億円)の支援金の拠出と1年以内にトルコ人がビザなしでEU内に入れるようにするとした。更に、トルコのEUへの加盟を加速化させるというものである。  EU側のかなり譲歩した今回の提示内容の裏には、EUのリーダーであるドイツのメルケル首相の焦りがあるからだ。彼女は当初、難民受け入れを歓迎する姿勢を見せていた。労働人口が減少しているドイツで難民を受け入れて将来的にこの不足を補えると考えた。そしてドイツの企業連盟もそれに賛成した。しかし、当初の予想を大きく上回る難民の流入の前に、ドイツ国内では移民受け入れに反対する動きが活発となり、ペギーダ(欧州愛国主義者)による拝外主義が勢いをつけている。その上、連合政府与党内でもメルケル首相の難民対策に反対する議員が増えており、連立政権の分裂も懸念されるまでに発展している。またフランスでもパリ同時多発テロで犯行者の中の二人はシリアから難民として入国した形跡もあり、バルス首相が「もうこれ以上、難民を受け入れることは出来ない」と発言したほどだ。  一方、スペイン紙『ABC』によると、トルコに逃れているシリア難民は〈トルコの10の県に分配された25の避難キャンプで、およそ26万3000人が生活している〉という。避難キャンプでは宗教上の違いからキリスト教徒やヤジディ教徒は差別されている。そして、〈残りの多くのシリア難民は各都市で不安定な職場を見つけたりしてどうにか生活している〉という事情下にある。しかもトルコでは〈難民として受け入れられないという理由から労働権も与えられていない〉、そして〈難民の子どもは学校教育を受けられない状態が続いている〉という。また〈「EUが提供する支援金も避難キャンプにだけ分配されて、都市で生活している難民にまで行き渡らない可能性が強い」〉と同紙が指摘している。(http://www.abc.es/internacional/abci-millones-sirios-sin-derechos-trabajo-educacion-201511300838_noticia.html)。  しかも、トルコ国内では人口の20%を占めるクルド人の独立問題が加熱化する様相にある、テロ事件も頻繁化している。また、11月24日にはシリア紛争に絡んでトルコ空軍がロシアの戦闘機Su-24を2機撃墜するという事件も起きた。その報復措置としてロシア政府はロシア人のトルコへの観光訪問の禁止、ロシアへの入国に来年からビザが必要とする、トルコからの一部品目の輸入禁止、トルコ企業のロシアでの活動制限などの制裁を適用するとした。この制裁に伴う損害はトルコにとって甚大である。  他にもまだトルコのEU加盟には解決せねばならない問題は山積みだ。なにしろ、キプロス問題もあるのだ。キプロスはキプロス共和国と北キプロス・トルコ共和国に二分されている。キプロス共和国はギリシャ政府が支持している。ギリシャもキプロス共和国もEU加盟国である。この2か国がトルコのEU加盟に反対するのは明白である。しかも、ギリシャの軍事費がGDP比で他国に比べ高い率を占めている理由のひとつがキプロス問題でトルコとの武力紛争を警戒しているからだ。  今回のEUとトルコの協議は、難民問題の鎮静化について特にメルケル首相に如何に焦りがあるかというのが明確に見える。そして、この焦りがEU内でも軋轢に発展する可能性も否めないのだ。 <文/白石和幸 photo by European People’s Party on flickr(CC BY 2.0) > しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身