「社畜に甘んじるくらいなら、猟師になる道もある」。猟師・千松信也氏インタビュー

千松信也氏

千松信也氏

 第1回で、人間が森林を改変した結果起きた「獣害」と、その対策が大規模化・システム化することへの警鐘を鳴らした『けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然』(リトルモア刊)の著者である猟師・千松信也氏。  彼は、それゆえに、カネのためでなく「自らの食べる分を獲る」ことを考える猟師の必要性を訴える。 「現状の自然を見るならば、人間が自然をコントロールできるという発想はもはや現実味がないと思っています。だからこそ、現状の自然の変化を受け入れながら、実際に森に入り野生動物と同じようにそこからの糧を得るために狩猟をすることでいろいろな生き物との繋がりを意識し、自然と向き合うことが必要だと思います」  しかし、都市部在住で猟師をやるとなるとなかなか難しい。 「わな猟は仕掛けても見回りをしないと、獲物がかかっていても気付かずに放置されると死んでしまい食べられなくなってしまうので、毎日見回りの時間を確保できないと難しいと思います。となると銃を使った狩猟になる。わなが作動したらセンサーを経由して携帯に連絡が来るシステムも最近あるので、どうしてもわなをやりたい人はそういう手もありますが、やはり初心者の内は獲物がかかっているか否かにかかわらず、実際に山に入る事でいろいろなことを習得するので、最初からそれだとあまり上達しないかもしれません」  また、仮に獲物が取れたとすれば解体も一仕事だ。 「地元の猟友会に入って馴染めたらだいたいそこの解体場所を使えるので、そこを使えばいいと思います。そうでない場合は自前で用意することになります。僕が借りている京都の小屋は家賃が2万3000円なんですが、それくらいのカネがかかる趣味って普通にあるし、そういう解体小屋兼別宅兼家の物置のような感じで借りてしまうのがいいと思う。あとは獲った獲物の肉の保管です。初心者の内なら、100リットルくらいの冷凍庫で家庭用のなら2万円程度なのでそれを買えばいいと思います」

猟師は「野生」でありたい。行政による育成には懐疑的

 また、最近では業者もさまざまな狩猟者育成の施策を行っているのでハードルは確実に低くなっているが、千松氏はやや懐疑的だ。 「もちろんそれも狩猟者を増やすためにはよい試みなんですが、個人的には地域ごとの多様性だったり、猟師個々人が持つ特異なキャラクターに狩猟の魅力を感じたので、ちょっと面白さを感じない面も否めません。先輩猟師に非常に個性的な面々が多いのは、ある意味お金と無縁な世界だったからなんですね。むしろ狩猟税を払って好きにやっていたがために、変わり者が自分の道をひたすら行けた。これが狩猟がお金になるとか、国から補助金貰ってとかなるとどうしても従順にならざるを得なくなるし、多様性も失われる。そもそも猟師なんて育てられるものなのかと。猟師はそもそも自然界で動物取って暮らす野生動物みたいなものなのだから、育てようとする発想自体が野生動物でなく家畜の発想なんじゃないかとは思います(笑)」  その意味で、千松氏はあまり頭でっかちにならずにシンプルに狩猟の世界に飛び込んで欲しいと考えている。 「獣害対策とか、自然と向き合うとか使命感に燃える以前に、まずは狩猟の醍醐味として“タダで美味しい食べ物が手に入る”というくらいに考えてもらいたいですね。  普通なら賃労働で稼いだカネで買う食べ物を、自分が体を動かしたことで得られるというのは、ある意味自分の暮らしを自分でコントロールしている、能動的に選択していけているということ。このことは、人間の生き方や暮らし方、働き方という面でもプラスに動くところが多いと思う。  ブラック企業とか働くことも苦痛で時間ばかり長くやりたいこともやれなかったり、非正規雇用などが増え、雇用不安がある世の中で、自分のペースで獲りたいだけ獲物を取ってはい終わりという暮らし方は、意外とそこに組み込むとうまいこと回るんじゃないかなと思っています。  やりたいこともできずに、嫌な仕事を“生活できないから”という怯えの中で続けるくらいなら、働く日を一日減らして山に入って狩猟すれば、とりあえず美味しい肉はタダでたらふく食えますよと。  僕にとって狩猟は趣味でもないし職業でもない。言ってみれば、スーパーに食べ物を買いに行くような『生活の一部』なんです。いろいろ問題はあるし、しんどいこともあるけど、それでも変わりゆく自然に対して、直接的に捕獲という形で関われて、動物たちと向き合える猟師という立場というのはすごく魅力的でやりがいがあることだと思う。そういうものに興味を持つ人が潜在的には僕はもっといると思っているんで、そういった人たちに狩猟の世界に入ってもらいたいなと思っています」 <取材・文・撮影/HBO取材班>
けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然

野生動物たちと日々行き交い、これからの自然を思う、20のエッセイ。