アメリカが病院を誤爆した「国境なき医師団」はTPPに強く反対していた

photo by Mark Knobil(CC BY 2.0)

 アフガニスタンの北部クンドゥズのNGO「国境なき医師団」(MSF)の病院が10月3日に米軍による空爆で22人の医師と患者が死亡した事件について、7日にオバマ大統領はそれが誤爆であったことを認め謝罪した。  米軍による誤爆で被害を被った国境なき医師団だが、実は彼らはTPPに対して「反対」というスタンスを取り続けてきたことをご存知だろうか?  1999年にノーベル平和賞を受賞したMSFがある一定のことに強く抗議したことはこれまでなかったという。しかし、今回のTPPで交渉が進められている医療関係における知的財産権についての保護の内容では、医薬品開発業者が半永久的にを保護されることになり、ジェネリック医薬品の製造と販売を遅らせることになる。その為に、彼らが負担する医薬品の費用が高くなり、また貧困層が安価な薬を入手出来なくなるとして反対の烽火を上げたのだ。  例えば、『Cambio Politico』によれば、〈HIVエイズ患者について、MSFは21か国でおよそ30万人の患者の治療にあたっているが、その医療費がひとり当たりの患者に当初年間で10000ドル(120万円)の費用がかかっていたのが、ジェネリック医薬品を使うことによって、ひとり140ドル(16800円)まで下げることが出来ていた〉という。この予算削減分が元の木阿弥になってしまうのだ。  先日、AIDS治療薬「Daraprim」をこれまでの13.5ドルから750ドルに、55倍もの大幅な値上げを断行した製薬会社のTuring Pharmaceuticalsが、社会的な反発を受けて、値上げを撤回したことことが話題になったが、こうした強欲な製薬会社が横行した場合、途上国での医療行為などに大打撃になるのは自明だ。  MSFの反対声明は2013年の段階から公式サイトに記載されている。  それによれば、TPP交渉について漏洩した草稿に記された知的財産の保護の議論の中で、医薬品特許に関して提案された条項で問題視されるべき点が3つあるとしている。 1)特許付与の基準引き下げ――既存薬の改良について、治療上の薬効が認められなくても新たに特許を付与することを要求:既存薬の新しい形態に特許を与える「エバーグリーニング」は、医薬品の価格を高止まりさせ、安価なジェネリック薬の流通を遅らせるため、現在、複数の国々で禁止・制限されている。 2)事前の異議申し立てを禁じる――特許が付与される前に、不適当で不当な特許付与を阻止できないようにする:特許の事前異議申し立ては、公衆の監視によって、ジェネリック薬の競争を不当に遅らせる過度の特許付与やエバーグリーニングを減らすための重要な要素となっている。事前の異議申し立てを制限することは、不適当で不当な特許付与を阻止する手続きを煩雑化させ、費用を上げる。 3)データ独占権――薬事当局がジェネリック薬やバイオシミラー(バイオ後続品)の販売許可を与える際、既存の臨床データを使用することを禁じる:データ独占権は、その薬の特許が存在しない、また期限が過ぎた場合でも、製薬企業が長期間、薬の高い価格を保ちジェネリック薬の競争を遅らせる新しい方法として、別の形での独占権を与えるものである。  2013年に声明を出した後も継続して反対しており、今年7月にも安倍晋三首相に向けて米国の提案する条項案に拒否を求める公開書簡を出している。  こうした背景を受けて、ヨーロッパでは「アフガンの病院誤爆はアメリカによるMSFへの報復だったのでは」という陰謀論めいた話も囁かれ始めている。 <文/白石和幸 photo by Mark Knobil on flickr(CC BY 2.0)> しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身