ラグビー日本代表を強化したエディー・ジョーンズHCの教え

 9月19日、ラグビーワールドカップのイングランド大会で日本代表は優勝経験が2回ある南アフリカと対戦。34―32で歴史的な勝利を収めた。日本代表にとって、ワールドカップでの勝利は1991年大会のジンバブエ戦以来で、実に24年ぶり。しかも相手が桁違いに強いわけで、この大金星に日本どころか世界中のメディアが賞賛した。
ラグビーW杯公式サイト

日本の勝利を伝えるラグビーW杯公式サイト

 さて、そんなラグビー日本代表だが、金星とは言われるものの、ここ数年のレベルアップは目覚ましいものだった。その立役者は、選手もさることながらヘッドコーチであるエディー・ジョーンズ氏の存在だ。  残念なことに、このワールドカップが終わった後にすでに辞任することを発表しているが、ジョーンズ氏の功績はあまりに大きいものだとラグビー関係者は言う。  このエディー・ジョーンズ氏がラグビー日本代表に施したコーチング、実は一般のサラリーマンにも通じそうなものが幾つかある。日本代表を世界に通用する強さに育て上げた秘訣を探ってみよう。

その1)マインドセットを変える

 エディー氏の教えの根底にあるものは選手の心構え=マインドセットを変えることだった。  その最たるものは、日本人選手が抱きがちなネガティブな評価や言い訳を変えることだった。  『エディー・ジョーンズとの対話 コーチングとは「信じること」』(文藝春秋)を上梓したスポーツジャーナリストの生島淳氏は次のように語る。 「『どうせ』『無理だし』といったネガティブな発想を覆すことをエディーさんはずっとやってきました。例えば、『外国のチームとスクラムを組んでも、絶対に勝てないし』とかいったような発想を覆すために、専門のスクラムコーチを招き、練習を積み重ねていくことです』  エディー氏は、2013年3月6日、第30回みなとスポーツフォーラムで行われた基調講演でも次のように語っている。 「日本にはCan’t do(…できない)というカルチャーがあります。(中略)私たちはこうしたCan’t do(…できない)のカルチャーをCan do(…できる)に変えていかなければなりません」(ラグビー専門Webマガジン『RUGBY JAPAN365』)  そう、エディー氏はラグビーに限らず日本人選手が陥りがちな「体が小さいから」「農耕民族だから」という「言い訳」で戦う前から分相応な「枠」に自らを嵌めてしまうメンタリティを変えてきたのだ。  そして、こうした自信を持つためには精神論だけではなかった。生島氏が言うように、スクラムの専門家をコーチとして招聘したり、総合格闘家の高阪剛氏を招聘してタックルの研究をしたりとさまざまな指導をした他、選手のフィジカルを徹底して鍛え上げた。日本人はともすれば「体が小さい」などとして「力より技」という考えに傾きがちで筋力トレーニングを否定しがちだ。それをフィジカルを徹底して鍛えることで、メンタルの部分でも負けない土台を作り上げたのだ。 「自分の実力を最初から低く見積もり、戦う前から負けを認めしまう」という意識を変えることが大切なのだ。

2)長所を知り、長所を伸ばす

 前出の生島氏の著書によれば、エディー氏は“自分の持ち味に気づかなかったり、長所を前向きに評価したがらないのが日本人の特徴だ”と見ているという。エディー氏は、良く言えば「謙虚」なメンタリティを、もっと自己評価をポジティブなところからスタートするように導いていった。 「グラウンドの中はもちろんだが、エディーさんの特徴として、性格テスト面接をかなり重視していました。質問に対して、選手はどんな反応、答えをするのか。ネガティブな答えではなく、時間をかけてポジティブな答えが出てくるように選手は変わっていったといいます」(生島氏)  結果として、エディー氏は、ラグビー選手のインテリジェンスに繋がる”自分の能力への気づき”=「セルフ・アウェアネス」を各選手に植え付けることに成功したのである。  出来ないことを伸ばすのも大切だが、自分の能力を肯定的に評価し、出来ることをいかに最大限に活かせるかを考えし、それを伸ばすこと。そうすることで。さらに自分への肯定感も得られるのである。

3)自分の能力の客観的把握と科学的なトレーニング

 また、エディー氏は、上意下達で「しごきにも耐える」的な感性を美徳としがちな日本のスポーツ界を「武士道的精神主義の弊害」として、練習計画にはしっかりとしたサイエンスを導入し、しっかりとした数値目標を立てた。  そのために、選手の走力などを把握するためにGPSによる走行距離の把握などデータを徹底して集めた。また、ドローンによる空撮を導入し、ボールから離れた選手の動きも広い視野で鮮明に見られるようにするなどして選手個人、そしてチーム全体でも動きの客観視を可能にすることを徹底した。  結果として、練習で自分を追い込めていないことや動きの無駄さなどを把握できるようになり、不足している部分を自分なりに改善できるようになるのだ。

4)知的好奇心を怠らず目標設定を明確にする

 エディー氏の選手育成は先述の通りサイエンスに則り極めて合理的に行われた。そして、エディー氏自身も常に本を三冊持ち歩き、勉強を怠らない人だったという。 「エディーさんは知的好奇心が旺盛で、常にラグビーのみならず世界のあらゆるスポーツに精通し、情報収集をしていました。また、常に目標設定を明確にしていました。例えば、朝起きて思いついたこと、今日やろうと思うことをメモしたり、将来的なビジョンだったり。常に柔軟にアイデアを生み出すよう思考を重ねていました」(生島氏)  南アフリカという強豪国から大金星を上げた日本代表。彼らを育て上げた名将のコーチング・メソッドは、アスリートのみならずビジネスマンにもきっと役に立つはずだ。 <取材・文/HBO取材班> 
ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話

ラグビー弱小国・日本は、なぜ世界と戦えるようになったのか――。