中国・上海市
大気汚染の悪化が止まらない。北京市や上海市、東北部の各都市は、深刻な大気汚染による煙霧に覆われている。責任追及を恐れ「知らんぷり」を決め込む当局は、今にいたるまで警報やPM2.5濃度の最新値を発表していない。ところが、経済への打撃は確実に深刻化している。
すでに中国各地では、大気汚染による視界不良から、空港や高速道路の閉鎖が相次ぎ、物流にも大きな影響が出ている。『鳳凰網』(3月3日付)によると、東北部の農業地帯では、農作物の不作や成長不良が多発したという。原因は、末期的な大気汚染による、日照り不足や気温の低下だ。
上海市からほど近い、江蘇省南通市の自営業・米岡敬さん(仮名・30歳)も話す。
「レンズや精密機器の生産工場では、粒子状物質の製品への混入が増えており、歩留まりが低下して収益性が低下しているらしい。PM2.5の濃度が高い日は、業務用の空気清浄機も役に立たず、操業を停止するところもあるそう」
さらに中国に進出する日本企業の一部では、大気汚染による健康被害の危険性を鑑み、駐在員の「危険手当」の増額を検討するところも出ており、大気汚染の影響がコストとして具現化し始めている。
上海市中心部も、大気汚染による経済的打撃を免れない。同市在住の旅行会社勤務・向井典明さん(仮名・40歳)の話。
「大気汚染により、上海市の観光資源のひとつだった夜景も、ほとんど見えなくなった。その影響で観光客が激減しており、夜景を売りにしていたホテルや飲食店は閑古鳥状態です。市内一、不動産価格の高い外灘や浦東のテナント料も、外国人投資家などが手放し始め、下落傾向にある」
一方、北京市では「煙霧出費」が、市民の家計を逼迫するほどに増大している(『北京晩報』2月26日付)。室内用はもちろん、車載用の空気清浄機やそのフィルター、高性能マスク、呼吸器疾患への医療費など、大気汚染がもたらす予想外の出費も大きい。
経済以外では、治安への影響も表れ始めている。杭州市在住の留学生・安達美香子さん(仮名・25歳)はこう証言する。
「大気汚染による視界不良に便乗した、ひったくりや路上強盗が続発しているそうで、地元警察が注意を呼びかけていました。汚染レベルが高い日は、視界が10m未満ですから、闇夜と同じような状態。犯人も霧に紛れて行方をくらませやすいし、白昼であっても人通りの少ない場所の一人歩きは怖い」
一向に改善されない中国の大気汚染問題に関し、「トラブル孫悟空」でおなじみ、中国人ジャーナリストの周来友氏はこう話す。
「中国当局は、1兆円規模の予算を組んで大気汚染の改善に取り組んでいますが、製造業の生産性や収益性の低下を恐れ、汚染源への規制強化など抜本的な対策には及び腰です。こうしたなか、中国の富裕層の一部は、大気汚染を嫌って海外逃避の準備も進めている。特に中国から近い日本は、大気汚染が悪化した際の緊急避難先の“セカンドハウス”として注目されており、彼らが不動産物件を買い漁る動きもすでに出ている」
大気汚染の悪化は、日本への飛来だけでなく、違う種類の新たなリスクをもたらしつつあるのだ。
<取材・文/奥窪優木>