安全保障のカギは「女性」!? 軍隊を持たないコスタリカの戦略
軍事化が進行する状況では、軍隊というハードウェア(物理的存在)ばかりが重要視される。その論理の特徴は、「そのハードウェアがソフトウェア(安全保障政策、外交政策など)を強化する」というものだ。
ところが、いくらハードウェアを強化しても、必ずしもソフトウェアの強化につながるわけではない。
軍隊を持たない「丸腰国家」コスタリカでは、1980年代に隣国ニカラグアで起こった内戦が自国に飛び火し、具体的かつ切迫した安全保障上の危機が生じていた。その際、内戦の片棒を担いでいた米国に加担して再軍備するか、軍隊がないまま和平交渉するかが、1986年の大統領選の争点となった。
国民の選択は後者だった。その意を受けて選挙に勝利したオスカル・アリアス大統領(当時)は、危機的状況を打開するために女性活用策を採った。同国で軍隊廃止を宣言したホセ・フィゲーレス・フェレール元大統領の妻であるカレン・オルセン・デ・フィゲーレスの登用だ。彼女を中米特命全権大使に任命し、中米地域で同時に起こっていたグアテマラ・エルサルバドル・ニカラグアの内戦の仲介にあたらせたのだ。
オルセンは、これらの内戦を止めるキーワードは「女性」そして「母親」だと考えた。軍事力に頼り、内戦で多くの命を奪っている男性リーダーたちに対抗できるのは、命を産み出し育む女性だと判断したのだ。
それまでも多くの国が内戦を主導するリーダーたちに停戦や和平を呼び掛けていたが、すべて失敗に終わっていた。そこでオルセンは、それらリーダーの妻たちを自国に招き、ファーストレディ外交を展開したのだ。彼女たちは「子どもたちを危険にさらす内戦は、一刻も早く終わらせたい」という思いを共有していた。そのため、この会談は内戦終結に尽力する方向で一致した結論を出すことができた。
オルセンと彼女たちは「命を産み育む女性」というプラットフォームを共有していた。これに気づいたことが「3か国同時内戦」という泥沼を抜け出す最大のカギとなったのだ。
帰国した彼女たちは、文字通り“命を懸けて”内戦のリーダーたちを口説き、和平交渉のテーブルにつくよう強く促した。その結果、翌1987年には3か国まとめての和平交渉が成立。停戦から選挙による戦後体制への移行までの道筋をつけたのである。
こうした「ソフトウェアの活用」は、むしろ軍隊というハードウェアが存在しなかったからこそなしえたことだった。軍隊の強化は相手に恐怖を抱かせるが、その不在は信頼を抱かせる要因になる。
もちろん、非武装であれば即相手が信頼するわけではない。「非武装」と「積極的中立」(紛争の際にはどちらにも加担しないが、仲介者としては積極的に介入する)に「女性」「母親」というキーワードが加わることで紛争当事者双方の信頼を勝ち取り、3か国同時に和平を実現することができたのだ。
これこそが、コスタリカが「丸腰国家」として生き残り、なおかつ周辺諸国にも平和をもたらす原動力だといえる。軍隊の強化は一時的な戦闘の回避にはなりえても、紛争の終結には導けない。そのことを熟知したコスタリカ人の外交戦略には、私たちも学ぶところが多い。<文/足立力也>
【足立力也】
コスタリカ研究家、北九州大学非常勤講師。著書に『丸腰国家』(扶桑社新書)『平和ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)『緑の思想』(幻冬舎ルネッサンス)など。現在、『丸腰国家』キャンペーンを全国書店で開催中(八重洲ブックセンター、丸善ジュンク堂書店、戸田書店、平安堂、谷島屋、勝木書店、文教堂書店、明林堂書店、リブロ、明屋書店などの各店舗にて)。
内戦を止めるキーワードは「女性」そして「母親」
内戦のリーダーたちを女性が説得
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。
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