NYのゲイ・プライド・パレード
米国連邦最高裁判所が同性婚を認めたことから全米で同性婚が合法化されることになり、アメリカが今、盛り上がっている。
折しも6月は米国各地でLGBTの記念行事「ゲイ・プライド・パレード」が行われており、お祝いムードも重なって大変な熱気に包まれている。ニューヨークで長い歴史を誇るゲイ・パレードは6月28日に開催され、史上最多の200万を超える人々が参加した。
この盛り上がりに後押しされ性的マイノリティーの市民権やアイデンティティを主張する動きはますます活発化していきそうだが、そんな中で今、大きく注目され話題になっているのが公衆トイレの男女兼用化だ。
身体的には男性だが性自認が女性(MtF=Male to Female)というトランスジェンダー(以下TG=Trans Gender)の人々は、男性専用トイレに入ることに抵抗を感じているし、身体的には女性だが性自認が男性(FtM=Female to Male)の場合は逆の状況で抵抗を感じる。自身の使用で違和感を覚えるだけではなく、TGの人々が公衆トイレで嫌がらせを受けるケースもかなり多いという。そこで、アメリカではTGの人々も何の気兼ねなく利用できるトイレの必要性が今、盛んに叫ばれているのだ。
公衆トイレを男女別にせず男性も女性も使用できるものにしようという動きは、米国政府が率先して推進しており、ホワイトハウスでは建物内にいち早く男女兼用トイレを設置し、民間企業にも男女兼用トイレの設置を行うよう通達しているという。
地方自治体でも、例えばマサチューセッツ州ボストンの市庁舎内には男女兼用トイレが設置され、ニューヨークでも男女兼用の公衆トイレを設置する動きが出てきている。
しかし、たかがトイレ、されどトイレ。男女別トイレを無くしていくという流れは、簡単なようでいて実は多くの困難もあるという。
なにしろ、トイレを男女兼用にするには法改正が必要になり、ニューヨークはその改正に取り組んでいる最中なのだ。
このアメリカにおける「トイレを巡る法律」について知るために、公衆トイレの歴史を辿ってみよう。
米国の社会学者シェリア・カバナー氏によると、最初に男女別の公衆トイレが登場したのは1739年、パリのダンスホールだったという。それ以前の公衆トイレは男女に分かれていなかったか、男性専用しかなかった。そのため米国などでは職場の女性用トイレ不足が問題化。1887年にはマサチューセッツ州で初めて、企業に対して女性社員のために女性専用トイレを設置することを義務づける法律が制定された。女性を雇用している企業でも、それまで女性トイレの必要性を無視していたため、法律で定めるしかなかったのだ。
1920年代までには、他の多くの州でも同様の法律が制定され、男女別公衆トイレが普及するようになった。だが米国政府はさらに一歩前に踏み込み、設置すべき男女のトイレの数まで決めた。現在、米国では職場のトイレに関しては労働省、それ以外の公衆トイレに関しては保険福祉省の管轄となっているが、いずれもビルの大きさによって男女それぞれのトイレまたは便器の設置数の規定が設けられている。多くの公共施設やビルでは、男女別の公衆トイレの設置が義務付けられており、レストランや喫茶店は最低でも男女にそれぞれ1つずつのトイレを設置することになっているのだ。例えば1987年にカリフォルニア州で制定された法律では、公共施設では男性と女性の便器の数を同等、あるいは男性1に対して女性2の割合で設置することを決めている。これがアラスカ州では男性1に対し女性2.7の割合、ピッツバーグでは男性1に対し女性3.75と、自治体によって規定はさまざまだ。ニューヨークの場合はさらに複雑で、ビルが建てられた年によってトイレ数の規定が変わってくる。
このように欧米の公衆トイレの歴史は、もともと男女兼用あるいは女性に配慮されていなかったものを男女別にすることに尽力してきたものであるわけだが、今ここにきてそれと真逆の方向へ舵取りしようとしている。それには法律の壁を取り払う必要があるのはもちろん、多くの反対の声も押し切らなければならないため、とんとん拍子ではいかないというのが実情のようだ。
統計によると、米国には70万人のTGの人々がおり、男女兼用公衆トイレの必要性を訴える声は大きい。反対派の声と必要性を訴える声で米国内が揺れる中、米国労働安全衛生庁は6月1日に、当面のガイドラインとして「男性と性自認している方は男性トイレ、女性と性自認している方は女性トイレを使いましょう」という通達を出している。
同性婚について大きな進歩を遂げたアメリカ。トイレ問題の今後もまた注目したいところである。 <取材・文・撮影/水次祥子>