日替わりで上演題目を変える「レパートリーシアター劇団」の魅力
日本ではあまり馴染みがないが、「日替わりで演目を変え、毎日のように何年も上演」を行う“レパートリー・システム”と呼ばれる公演スタイルがある。“演劇の街”として知られる東京・下北沢を拠点に活動を展開する劇団『東京ノーヴイ・レパートリーシアター』は、日本の演劇界においてその先駆的な存在と言っていいだろう。そんな彼らの、足掛け3年にも及ぶ両国・シアターX(カイ)との共同プロジェクト 『Life in Art 毎月レパートリー公演 《白痴》×《コーカサスの白墨の輪》』が、今月4日、ひとまずの終演を迎えた。上記2作品の原作者であるドストエフス キー、ブレヒトをはじめ、チェーホフ、ゴーリキ、シェイクスピア、近松門左衛門、ベケットなど、演劇ファンに限らずその名を知られた錚々たる“天才作家” たちの名作古典を上演する当劇団にとって、最大客席数300を有するシアターXのような劇場規模でのレパートリー公演は初の試み。下北沢にある劇団所有の劇場『空間』(客席数26)でのレギュラー公演とはまたひと味違った、大舞台ならではの演出が随所に用いられるなど、観客はもちろん役者陣にとっても新たな発見と驚きに満ちた“質”の高い舞台作品となった。
http://www.tokyo-novyi.com/
【TEL&FAX】03-5453-4945(平日10:00~17:00)
「2011年に『白痴』を上演したことがきっかけで生まれた企画なんですが、その頃、劇団員はもとより、とりわけ芸術監督であるアニシモフの『役者陣のレベルアップのためにも、大きな劇場で訓練する必要がある』との強い意向があったんです。加えて、この作品で初めてプロの方に舞台衣装をお願いしたんですが、正直、下北沢の持ち小屋(所有劇場)ではあまりにも手狭過ぎて、立派な衣装を身に着けた状態で演じるにはかなり無理があったし、演出もままならない。そこで、その翌年に『コーカサスの白墨の輪』を大舞台用の作品としてイチから作り上げ、『是非ともこの2本でレパートリー企画を!』とこちらから直談判する形で実現したという経緯があります。なので、千秋楽を迎えた今の率直な感慨としては、とりあえずは感無量と言いたい。もちろん他のレパートリー作品同様、今後も演じ続けて育てていく2作品ですから、常に課題は尽きませんがね」
こう話すのは、これまで劇団が上演した全14作品中13作に出演し、今年3月からは劇団が「認定NPO法人」の認可を受けたことで理事長の任も兼ねる俳優の岡崎弘司氏だ。同氏が続ける。
「今年で劇団創設11年目になりますが、当初は俳優同士でコソコソ話したり、客席に背中を向けて芝居をしたりしていたんです。それは、『演劇は俳優の芸術だ』と断言するアニシモフの、まずは俳優自身が舞台上で無意識に創造的な活動ができる状態でなければならないという考えがあっての演出だったのですが、お客様の中には、『照明は暗いしセリフも聞こえない!』ってボロクソに文句を言う方も結構いたりして……(苦笑)。まあ、僕ら役者陣の実力がなかったと言えばそれまでなんですが、結局、そのような期間が7年続きました。逆に、今回の共同企画もそうですが、現在は声や動き、表情などをお客様にしっかりと届けるための演出を採り入れ、表現のスキルを上げる段階。その意味で、この3年間で我々が得たものは計り知れないし、同じ演目を何度も観ることができるレパートリー公演の“醍醐味”の一端が観客の皆さんに少しでも伝わったのなら、こんなにも嬉しいことはない」
そもそも、レパートリー・シアターとは古くはヨーロッパ、さらに地域を限定すれば“ロシア”で興った上演形式だが、海外では現在でも演劇、音楽、バレエなどその芸術形態を問わずこのシステムが広く一般的とされており、極言すれば、「すべてはレパートリーがベースになっている」とも言えるという。その反面、国内では一部例外を除き歌舞伎座、国立文楽劇場など伝統芸能の分野での上演にとどまっており、「いわゆる“演劇”の世界ではほとんど定着していないのが現実」と、同劇団の俳優でロシア語の通訳も担当する上世博及氏は話す。
「新作を上演することを無意識的に強制されているというか、現代ではナゼか演劇だけが再演するとお客さんが来ないんです。いやらしい話になりますが、公演のための助成金の類も再演ではもらえない(笑)。新作が悪いというんじゃ決してなく、それと並行する形で、人類の財産である“古典”と呼ばれる作品群を、長い時間をかけて稽古し上演し続けることができて、しかもそれを観る側も日常的に楽しむことができる環境がもっと必要だと思う。以前、ロシアで『かもめ』(チェーホフ作)の上演を観たとき、たまたま隣に座った客席のおばちゃん達が『今から、あの男が登場するよ』とかウキウキで話してる光景に出くわしたことがあるんです。つまり、話の筋は承知の上で、日本でいうところの“吉本新喜劇”を観るときの『あの一発ギャグ、来るよ!』的な感覚で古典作品を楽しんでいる。これには、本当に衝撃を受けました。それは、古典という日本では取っつきづらいとされているものが、当たり前のように日常に溶け込んでいることへの驚きだったのですが、最終的には、我が劇団もこのレベルまでいけたらと、個人的には本気で考えています」
これまで、ロシアやアジア各国などでの海外公演も数多く、韓国のオペラ劇場では1500人の大観衆の前で上演したこともあるというが、「ここ1~2年のうちに海外のフェスティバルに作品を持っていきたい」(岡崎)と、さらなる海外進出への意欲を示す一方、「あくまで理想ですが、演劇に限らず広く芸術一般を世代を超えて伝えていけるような文化センターのような劇場が必要」(上世氏)と、劇団の展望を熱く語る二人。今後はレギュラー公演の他、梅若能楽堂学院会館での『天と地といのちの架け橋 ~古事記~』の公演が11月に予定されているが、アニシモフ氏が現在、日本の古典『源氏物語』にハマっているらしく、近い将来、レパートリー作品に加わる可能性もあるというから楽しみだ。
「演目はすべてアニシモフが決めるのですが、『古事記』を舞台化したときと同じく、とりあえず今は劇団員みんなで『源氏物語』を必死になって読んでいる最中です。アニシモフからは、『日本人なのに、どうして読んでないんだ』って怒られたりもしますが(笑)、ロシア人である彼の眼を通して作品を眺めることで、我々日本人には気付かない奥行きだったり新たな解釈に出会えることがとにかく面白いし興味深い。その客観的な視点があることで、形や先入観に囚われず深く作品を紐解くことができるんだと心底感じているし、『源氏物語』という一大巨編がどのような舞台作品に仕上がるのか、僕ら自身も今からワクワクしています」(上世氏)
「天才の作品は頭ではなく、体感して解明していくもの」というのもまた、アニシモフ氏が常々口にする言葉のひとつだというが、国内演劇のメインストリームとは一線を画するこの“レパートリー集団”が、まさにその「体感者」であり、本当の意味での実りある「演劇=芸術」を実践している“オトナ”な劇団であることは、まず間違いないと言えそうだ。
取材・文/藤原哲平
【東京ノーヴィ・レパートリーシアター】
ロシア功労芸術家レオニード・アニシモフを芸術監督に迎え、2004年に「魂の糧となる演劇」の創造をスローガンに設立。日本で唯一のヨーロッパ式レパートリーシアターとして、毎月2本のレパートリー公演を中心に活動。また、演劇芸術の浸透を目的としたシンポジウム、ワークショップなどを多数開催。2013年には「スタニスラフスキー・アカデミー」を設立し、現在はアカデミー生の第3期生を募集中。芸術家育成のため、その運営に当たっている
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