分かりやすい「NHK受信料裁判」のお話
NHKの受信料を巡る裁判で初のNHK敗訴判決(松戸簡易裁判所平成27年4月15日判決)が出ました。でも、これって他のNHK受信料訴訟とどう違うの? そもそも、NHKの受信料ってどういう仕組みになっているの?
今回は、裁判例が複数あったりして、いまいち複雑になっているNHKの受信料徴収の仕組みと問題点について整理してみましょう。
【1】受信料は契約に基づいて支払うべきものである。
まず、受信料は税金ではありません。税金は、有無を言わさず発生するものですが、受信料は契約により発生します。放送法64条1項は下記のとおり、定めています。
放送法第64条第1項
「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」
そこで、次はそのNHK受信「契約」はいつ、どのように成立するかが問題となります。
一般論として、契約は「意思の合致」によって成立します。例えば、売買契約であれば、「売ります」(申込)と「買います」(承諾)という意思が合致した瞬間に、契約は成立します。
ここで問題となるのは、「契約」は、意思に基づくものなので、どのような契約をするか、あるいはそもそも契約をするかしないかも自由なはずです。これを「契約自由の原則」といいます。
NHKの受信料支払を拒否している方の多くは、一度も受信契約について承諾したことはないと思いますので、法の原則としては、NHKとの受信契約は成立しておらず、当然受信料の支払義務もない、ということになりそうです。
【2】放送法64条1項が抱える問題点~契約自由の原則か、契約の強制か
ところが、上記の放送法64条1項は「受信設備設置した者は(中略)契約をしなければならない」としています。契約の強制です。これは契約自由の原則を一定程度修正していることになりますが、この条文を巡り、では、いつ、どのように受信契約が成立するのかが問題となっているのです。
この問題が、各地で起こされている裁判において争われています。
【3】NHKの主張~法があるから承諾なしでも契約は成立する
NHKの基本的な主張は、法律上「契約をしなければならない」とある以上、NHKの側から契約を申し込んだ際に、相手(受信者)の承諾がなくても契約が成立するはずだ、というものです。つまり、NHKが「契約してください」と相手方に伝えた瞬間に受信契約が成立する、という主張です。
ただし、この考え方には難点があります。「契約」の成立には、必ず意思の合致が必要であるはずなのに、「承諾」の意思表示を不要とするのは、理論的に認め難いのです。
【4】東京高裁平成25年10月30日判決(裁判例(1))~自動的に受信契約が成立するという解釈
地方裁判所、簡易裁判所レベルでは様々な判決が下されてきましたが、この未契約者問題に対する初めての高裁判決が裁判例(1)です。この判決は、放送法の趣旨に則ると、受信契約の「申込」をNHKが行ってから遅くとも2週間で、正当な理由が無い限り、自動的に受信契約が成立すると判断しました。NHKの基本的な主張におおむね沿った形です。
【5】東京高裁平成25年12月18日判決(裁判例(2))~「承諾」判決の確定時点で受信契約成立という解釈
これに対し、上記裁判例(1)からわずか1ヶ月半後の東京高裁平成25年12月18日判決は、別のアプローチを取った地裁判決を維持しました。それは、判決による意思表示の擬制です。
被告(受信者)に対して、「NHK受信契約の申込に対して承諾せよ」という判決が確定した時点で、判決の効力として、その受信者は「承諾」の意思表示をしたものとみなす、と判断したのです。
この考え方では、「承諾」を命じる判決が確定した時点で、「申込」と「承諾」の意思表示が合致し、その時点で受信契約が成立するという解釈で、受信契約の成立は判決の確定時ということになります。
【6】2つの判決の違い
裁判例(1)も裁判例(2)もNHKを勝たせましたが、その理屈は異なっています。現在のところ、最高裁判所はこの問題について判断していないので、高裁レベルで判断が割れていることになります。
その結果、裁判例(1)では、契約の成立時期が、NHKが「契約してください」と言ってから相当期間経過後(約2週間)に成立するのに対して、裁判例(2)は、裁判の判決が確定した時に契約が成立することになります。
【7】で、結局、いつからの受信料を支払わなければいけないの?
では、前記2つの判決で、支払う受信料は変わってくるのでしょうか。契約の成立時期が異なる以上、受信料はその時点から払えば良いように思いますが、どちらの判決もそう言っていません。というのも「日本放送協会受信規約」がそのまま契約の内容になっているからです。同規約5条1項は以下のように定めています。
日本放送協会受信規約 第5条第1項
「放送受信契約者は、受信機の設置の月から第9条第2項の規定により解約となった月の前月(受信機を設置した月に解約となった放送受信契約者については、当該月とする。)まで、1の放送受信契約につき、その種別および支払区分に従い、次の表に掲げる額の放送受信料(消費税および地方消費税を含む。)を支払わなければならない」
ポイントは、受信料の支払開始時期が、「契約成立時」ではなく「受信機の設置の月」になっていることです。つまり、契約成立前の受信料でも、それ以前に「受信機を設置」していれば、その月から受信料を支払う義務が生じる、ということになります。
この規約があるからこそ2つの判決は、契約の成立の時期を問わず、さかのぼって受信料の支払義務が生じると判断しているのです。
【8】これまでの判決と今回のNHK敗訴判決の違い
前提というか前置きが長くなってしまいました。NHKの受信料を巡る前記高裁判決が出た以上、理屈はともかく、受信機(テレビ)を設置している限り消費者は勝てないのでは、という認識が強まる中、今回の敗訴判決が出されました。では、今回の判決はこれまでと何が違うのでしょうか?
【9】松戸簡裁平成27年4月15日NHK敗訴判決の位置づけ(裁判例(3))
今回の判決は、まず、NHK側の請求が異なりました。前述した2つの高裁判決は、「未契約者に対する受信料の支払請求訴訟」であったのに対して、今回の松戸のケースでは、「契約者に対する受信料の支払請求訴訟」でした。
この2つは同じようで微妙に異なります。
前者は、「未契約なので、契約して受信料を支払ってください」とNHKが主張するのに対して、後者は「◯月☓日に契約をしたのだから受信料を支払ってください」と主張しています。松戸のケースでは、「◯月☓日に契約をした」証拠として提出された「受信契約書」が虚偽のものだという可能性が指摘され、NHKの敗訴となったのです。
ここで、不思議に思われる方もいるかもしれません。
「仮に、契約書が虚偽で、受信契約をしていなかったとしても、これまでの裁判の理屈を使えば、受信料の請求を認められそうなのに、なんで裁判所はそれをしなかったの?」
もっともな疑問ですが、これには裁判の基本的ルールが関係します。それは裁判所は、「当事者が言ってもいないことは判断しない」、というルールです。
松戸のケースでは、NHKは「契約書を作って実際に契約をした」とだけ主張していました。裁判所が判断するのはその真偽だけですので、「もし実際には契約してなくても、違う理屈を使って契約をしたことにしましょう」というような判断は行われないのです。
分かっているようでいまいち分からないNHK受信料裁判の流れを見てきました。まあ、法的には、なかなか受信料の支払をズルして免れるのは難しいようですね。
<文/高崎俊・弁護士 撮影/ElCapitanBSC>
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