ろくでなし子さんのアート作品は“わいせつ”なのか?【江川紹子の事件簿】
2015.04.17
【江川紹子(えがわ・しょうこ)】 1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年~87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。 記事提供:ムーラン (http://www.mulan.tokyo/) 新世代のビジネス・ウーマンのためのニュースサイト。「政策決定の現場である霞が関、永田町の動向ウォッチ/新しいビジョンを持つ成長途上の企業群が求める政策ニーズを発掘できるような情報/女性目線に立った、司法や経済ニュース」など、教養やビジネスセンスを磨き、キャリアアップできるような情報を提供している ※本記事の関連記事も掲載中 【江川紹子の事件簿】川崎市中一殺害事件 http://www.mulan.tokyo/article/33/女性器をかたどった置物を展示したり、自身の女性器の三次元(3D)データを人に渡したなどとして、わいせつ物陳列、わいせつ電磁的記録等頒布の罪に問われた、ろくでなし子(本名:五十嵐恵)さんの裁判が東京地裁で始まった。 被告人の意見陳述で、彼女は「私のアート作品は、『わいせつ』ではありませんので、私は無罪です」と主張した。 4月15日に行われた初公判では、同意証拠の取り調べも行われた。 証拠物を「展示」して被告人に確認させる際、検察側は問題にした3点の置物を、深めの木箱に入れたまま示した。普通の裁判では、殺人に使った凶器や密造した銃なども、包装を解いて被告人にも裁判官や裁判員にも見えるように示すので、傍聴席からも大体の形状は分かる。ところが今回の裁判では、傍聴席からはまったく見えなかった、という(江川は傍聴券が得られず傍聴できなかったが、複数の傍聴人と弁護団に確認した)。 これに対して弁護人が異議を申し立てたが、裁判所も検察側のやり方を認めた。 このように、傍聴人の目に触れないよう、検察が細心の注意を払い、厳重に管理した”わいせつ物”の中に、ろくでなし子さんが「スイーツまん」と名付けた置物があると聞いて、驚いた。 彼女は、性器をかたどった石膏に、派手に色づけし、ジオラマを載せたり、あれこれと物を盛りつけた「作品」を「デコまん」と呼ぶ。「スイーツまん」もその一つで、写真がそれだ。 ⇒【画像】はこちら http://hbol.jp/?attachment_id=34766 司法の世界では、「わいせつ」は次のように定義されている。 「徒(いたずら)に性欲を興奮又は刺激せしめ、且(か)つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」検察が厳重に管理したわいせつ物『スイーツまん』
この置物を見て、「性欲を興奮」させたり、「性的羞恥心」を害される人が、いったいどれだけいるのだろうか。しかも、この置物が展示されていたのはアダルトショップ。店内には、他にもっと性欲に直結するような、グッズがあっただろう。そんな中で、果たしてこれが、客の性欲をどれほどかきたてたのだろうか……。 しかも、ろくでなし子さんを2度逮捕し、自宅を捜索するなど、入念な捜査を行った警察は、彼女が2013年4月にFacebookに掲載したこの写真について、削除を求めるようなことはなく、何の警告もしないままである。 グーグルで「ろくでなし子 スイーツまん」で画像検索しても、同じ写真が出て来る。 画像なら「わいせつ」ではないが、現物は「わいせつ」なのだという説明ができないことはないのかもしれないが、あまり説得力がある理屈とは思えない。いったい「わいせつ」とそうでないものの境界は、どこにあるのか。 それが曖昧なまま、警察や検察の恣意的な判断で人の表現活動を封じてはいることはないのか。ここが、大いに気がかりな点である。 起訴の対象となった「わいせつ物」の残りの2つは、彼女が開いたワークショップの参加者が作成したもの。1つは青、もう1つはヒョウ柄のものだという。その「わいせつ」度も、推して知るべし、という気がする。 ろくでなし子さんは、初公判での意見陳述で次のように述べている。 「わたしは、常にセックスや卑猥なイメージに結びつけられる女性器から、それらのイメージを払拭したくて、女性器をモチーフに、ユーモアあふれるたのしい作品を作りました」2度の逮捕と自宅捜索
実際、彼女の「作品」群からは、エロチシズムとか官能といったものは一切伝わってこない。それらは、すべて毒々しい塗料の下に塗り込められ、その物体はいかにも人工的で、肉体の生々しさとは対極にある。 そのような「作品」が、「芸術」としてどれほどの価値を持つかは、評価が分かれるだろう(私も、彼女の「作品」は好みではない)。 だが、ここで問題なのは、その芸術性ではない。マスメディアが好む「わいせつか、芸術か」という切り分けは、本件では全く無意味だ。 重要なのは以下の点である。 かくも性的要素が希薄な彼女の表現活動が、性や性器についての様々な情報があふれている今の時代に、刑罰をもって封じ込めなければならないほど、見る者の性欲を刺激したり興奮させたりするだろうか。 刑罰によって表現の自由を制限しなければならないほど、善良な性的道義観念に反しているのだろうか。ここが、この裁判で一番吟味されなければならない争点だと思う。 もっとも、捜査当局としての重点は、むしろ3Dデータの方にあるかもしれない。こういう新しい技術が犯罪に使われることを、警察は警戒し、できるだけ早く歯止めをかけようとする。 昨年は、自宅の3Dプリンタを使ってプラスチック製の拳銃2丁を作った大学職員が、武器等製造法違反と銃刀法違反に問われ、懲役2年の実刑判決を受けた(控訴中)。見る者の性欲を刺激したり興奮させたりする作品か
わいせつ事案についても、性器の3Dデータを頒布するのは違法である、という裁判例を早めに作っておきたい、という警察の意図に、ろくでなし子さんのケースは合致したのではないか。 彼女の場合は、3Dデータを利用して、女性器の形をしたボートを作成するために、クラウド・ファンディングで募金活動を行った際、協力してくれた人に対して、自身の女性器の3Dデータの保存先URLを伝えるなどして頒布したことが、罪に問われている。 このデータを3Dプリンタで出力すれば、プラスチックなどで彼女の女性器が再現できる。ただ、彩色もされず、局部だけを切り取った無機質な造形物が、果たして人の性欲を刺激したり興奮させたりするものなのだろうか……。 その辺は、今後の裁判で大いに争われるだろう。引き続き注目していきたい。【了】性器の3Dデータを頒布するのは違法であるという判例を作っておきたい?
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