矯正歯科治療トラブルの根絶を目指して。新しい専門医制度の立役者に聞く

歯科矯正

画像はイメージ(adobe stock)

 年末に大きな反響を呼んだ悪徳矯正歯科医の被害に遭った体験談の記事。この記事で紹介した被害者は、1年で終わると説明されていた矯正歯科治療が2年3ヶ月経っても半分しか終わっていなかった。  しかも、その時点で支払った治療費は300万円近く。この被害者は裁判で損害賠償を勝ち取ることができたが、訴訟提起から判決確定までに約4年間を費やした。こうした事態を避けるためにも、トラブルは未然に防止したいところである。  では、患者はどのような点に気を付ければ良いのだろうか。前回は、国民生活センターの担当者と矯正歯科治療に詳しい現役歯科医のコメントを紹介した。  今回はトラブル防止のために新しく始まった「新専門医制度」の設立に尽力した日本矯正歯科学会前理事長、日本大学歯学部特任教授の清水典佳(しみずのりよし)さんにお話を聞いた。

新専門医制度設立の背景とは

――昨年始まった新専門医制度設立の背景についてお聞かせください。 清水:矯正歯科治療そのものは戦前から存在しましたが、いわゆる資格制度ではなく、歯科医であれば誰もが手掛けることができました。しかし、矯正歯科治療は高い技術が必要であり習得に長期間を要することから、矯正歯科医の質を担保するため、日本矯正歯科学会は独自の認定基準を作り試験を行って、専門医を認定する矯正歯科専門医制度を設立しました。一方、矯正歯科関連の他の2学会(日本矯正歯科協会、日本成人矯正歯科学会)も独自の基準で専門医制度を設立しました。
清水典佳さん

清水典佳さん

 しかしながら、厚生労働省から、これらの専門医制度は、矯正歯科という同一の専門分野において、複数の団体で個別に制度が運用されていることから「国が認める専門医」として認めることはできないとされていました。  そこで、2017年から、質の高い矯正治療を担保できる体制を目指して、厚生労働省の意見を参考にしながら、3学会統一の新専門医制度の設立を目指しました。 ――歯科矯正のトラブルとはどのようなものでしょうか。 清水:最も多いトラブルは「治らない」という事例でしょう。矯正歯科治療は難しい症例でも3~4年ほどの期間で治療が終わります。ところが、5年、7年と長期間掛かっても症状が改善しないことから別の矯正歯科医の治療を受け、それでも改善の兆しが見えず、セカンドオピニオンを受けるためにまた他の歯科医院に行く事例もあります。その場合だと期間や費用が通常の矯正歯科治療の数倍も掛かってしまうこともあります。  このようなトラブルでは、担当した矯正歯科医の知識や技術が不十分で、診断や治療方針が誤っており、治療を継続しても良好な結果を得られないことが多いですね。  また、広告を規制する法令遵守の意識が乏しく、「すぐに治る」、「新しい治療」などの誇大広告を出し、ホームページなどで不適切なまでに治療効果を誇張した表現を使用する矯正歯科医もいます。  さらに、治療が進んだ段階で、患者が転勤や進学などの都合で転院せざるを得なくなった時に、治療費の未治療分を返金しないなどのトラブルが発生しています。

歯科矯正学の教育は卒業後に

――なぜそのようなことが起こってしまうのでしょうか。 清水:このような事態が発生してしまうのは、矯正歯科医になるための研修をきちんと受けていない歯科医が存在することと、歯科医自身のモラルの欠如が原因だと思います。  歯学部は6年間の教育課程がありますが、歯を削るなどのむし歯の治療や入れ歯の治療等が中心となります。歯科矯正学は在学中1年ほど掛けて学びますが、詳細な知識と技術の習得には長期間を要するため、大学卒業後の研修に譲ることになっています。  先程述べた通り、15年程前から3学会の個別の認定による専門医制度ができましたが、学会ごとに研修内容や試験のレベルも異なります。さらに、勝手に「専門医」の認定を付与する様々なスタディーグループのような団体ができ、簡単なセミナーを受講しただけで専門医を名乗る歯科医も出てくるようになりました。患者にとってはしっかりした研修を経た専門医が誰かわからず、誤った選択をしてしまい、不幸な結果を招くことがあります。  多くの矯正歯科医はきちんとした治療をしていますが、こうした事情があって、知識・技術面、倫理面で十分な研修を受けないまま矯正臨床をしている歯科医が出て来てしまったのです。  この10年程は、そうした歯科医から治療を受けた患者からの苦情が消費者庁に多く寄せられ、厚生労働省を通じて歯科医師会や矯正歯科学会に改善を促すよう指導がなされていました。 ――それで患者に分かりやすい、国が認める新専門医制度を作ろうという動きが出て来たんですね。 清水:そうです。今までも専門医は存在していましたが、「国が認める専門医」とは言えなかったので、行政側も患者に対して「専門医に診てもらいなさい」と告知できませんでした。そこで、同一の資格条件の下で、同一の試験によって矯正歯科医を認定する新専門医制度を作ろうということになったんです。新しい統一専門医制度は、患者に対して安心で安全な矯正歯科治療を提供し、患者がトラブルに巻き込まれないようにすることを目的にしています。
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筆記試験には医療倫理も
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