ブルーバックイメージ / PIXTA(ピクスタ)
特定のコミュニティに根ざしたサービスの売却が相次ぐ
ここ最近、特定のコミュニティに根ざしたWebサービスが、立て続けに企業に買収されて、その界隈で話題になった。
一つは、イラストやマンガ、音声といったオタク系のサービス
Skeb だ。2月12日に、実業之日本社に10億円で買収された(
実業之日本社)。もう一つは、ITエンジニア系の情報共有コミュニティ
Zenn だ。オープンから4ヶ月半という異例の速度で、2月1日にクラスメソッドに買収された(
クラスメソッド)。
私は、オタク系、ITエンジニア系の両方で活動をしているので、この立て続けの買収劇には驚いた。そして「凄いな」と思った。なぜならば、この2つのサービスには共通点があるからだ。それは個人開発のプロダクトだからだ。
Skeb の
なるがみ氏のツイート、Zenn の
catnose 氏のツイートにも、「個人運営」「個人開発」の文字がある。個人の活動として取り組み、企業に買収される。それも、そのコミュニティーで注目されていたサービスがだ。凄いと思ったのは、そうした理由からだ。
というわけで今回は、Skeb や Zenn 、そして、日々生まれる新しいサービスについて書いていく。
Skeb というサービスを理解するためには、オタク系の同人誌即売会の文化である「スケブ」について知っておいた方がよい。スケブは、スケッチブックの略だ。
同人誌即売会では、クリエイターがブースを出して、そこに同人誌を置いて売っている。そして、来場者がそのブースを訪れて同人誌を買う。それだけでなく、来場者の中には自分のスケッチブックを持って来て、ブースにいるクリエイターにイラストを依頼することがある。
頼む絵は、それほど手の込んだものではない。ブースで接客している合間に、さらさらと描ける程度のものだ。ただ、描くのには、それなりの時間が掛かる。そのため、依頼した人は、時間を置いて再度やって来るというパターンが多い。そして、スケッチブックを受け取って、お礼を言うわけだ。私の観測範囲では、このスケブは無償で依頼して描いてもらう。
こうしてイラストを描いてもらったスケッチブックには、自分が好きなさまざまなクリエイターに依頼した絵が並ぶことになる。その人にとっては個人的な宝物だ。
私は昔、数ある趣味の一つとして、雑誌にイラストを投稿するハガキ職人をしていた。最盛期は10誌以上に送っており、絵を描く人間の横の繋がりもあった。コミケでみんなでイラスト誌を出したりもした。そうした界隈にいたため、周囲にスケブを描く側の人間も、描いてもらう側の人間も多くいた。両方やるという人も多かった。
Skeb というサービスは、オタク系の人間なら「ああ、あのスケブのことか」とすぐに連想する名前だ。そして、元ネタのスケブの精神に貫かれている。規約とポリシーの
クリエイターガイドラインには、その内容が色濃く出ている。
クライアントとのやり取りは「リクエストをもらう」「納品する」の1往復だけだ。そして、見積もり・打ち合わせ・リテイク・リクエストに関する一切の連絡は禁止されている。
クリエイターからクライアントへの権利譲渡はなし。すべての著作権は、クリエイターが保持し続ける。そしてクリエイターは、気に入ったリクエストだけ選んで描くことができる。
ガイドラインには Skeb のことを、「投げ銭付お題募集サイト」と書いてある。作品の「お題」を送り、それに「投げ銭」を付ける。そうした立て付けのサービスだ。あくまでも、描いてもらったことに感謝のお金を送るサイトというわけだ。
Skeb の買収が話題になったとき、「どうせ二次創作で儲けているんだろう」といったネット上のコメントも散見した。面白いのは、Skeb では、
二次創作公認プログラムというものをおこなっている。ファンアートの売上の原則10%を、原著作者に支払うというものだ。
二次創作公認プログラム 登録作品を見てみると、このプログラムの雰囲気が分かる。たとえば、東北ずん子、マシーナリーとも子、ハンバーガーちゃんのような名前を見付けることができる。
Skeb の対象作品は、イラスト、漫画およびボイスとなっている。二次創作公認プログラムと、対象作品を掛け合わせてみると、現在隆盛中のVTuber系と相性がよいことが分かる。
もちろん二次創作を依頼する必要はなく、一次創作のお題を送ればよい。オタクにとっては、性癖やシチュエーションなど、依頼したい内容はいくらでもある。推しのクリエイターに作品を作ってもらいたいという純粋な欲求もある。
名前こそ同人誌即売会のスケブ文化を想起させるが、Skeb は新しいネット文化時代にアップデートしたスケブとして成長していくのだろう。