私がNHKに就職した1987(昭和62)年、集まった新人職員を前に当時の理事が次のようにあいさつした。
「NHKの今年度の年間予算は3515億円です。三五(さんご)十五。覚えやすいでしょ」
「なんてマヌケなあいさつなんだ」とあきれたことを覚えている。いかにNHKが大規模な組織であるかを強調したかったんだろうが、予算額は毎年変わるのに、今年度だけ覚えやすいからってどうしたっていうんだ?
もっとも、実際に30年以上たっても覚えているのだから、あながちマヌケでもなかったのかもしれない。それからバブル全盛期とバブル崩壊を経て、今やNHKの予算は年額約7000億円。私が入った時のほぼ2倍に増えている。
これが「巨額すぎる」と、しばしば批判の的になる。たとえばインターネット上にこんな記述があった。
NHKの異常さが一目で分かる総予算比較
消防 168億円
海保 2253億円
警察 3615億円
NHK 7548億円
これだけ見ると「NHKの予算は警察より多いのか!」とビックリするだろう。だが、そんなワケないでしょ。
ここに書かれている「警察の予算」は、国家機関である警察庁の予算。私たちの身近にいるお巡りさん、治安維持にあたる実働部隊は、都道府県ごとに置かれた都道府県警察(東京都だけ特別に「警視庁」と呼ぶ)に所属し、都道府県ごとに予算が確保されている。警視庁だけで6664億円の規模がある。全国ではNHKをはるかに上回るのはもちろんだ。
消防も、ここで書かれた168億円は国家機関である総務省消防庁の予算。消防も実働部隊は市町村ごと(東京都だけ東京消防庁)に置かれている。予算は東京消防庁だけで約2500億円。つまりこういう記述は、
国と地方の制度をよく理解しないまま、国家予算の数字だけを見て書いている。
海保はすべて国の機関だからこれで全額だが、それをNHKの予算と比較するのは、そもそもNHKが国のお金で運営されていないことを考えるとおかしい。海保の予算が少ないというなら、国の予算配分のあり方として他の予算の使い道とのバランスの中で議論すべきだ。
そもそもNHKが「国のお金で運営されていない」ということ自体、よく知られていないのかもしれない。ツイッターにこのようなツイートがあった。
「国家予算から年7千億円もNHKに使われてるとあり、これが事実なら政府に批判的な報道をするはずないですね。 国民みんなで受信料不払い運動しなきゃこの組織変わらないでしょう」
このツイートには重大な勘違いがある。NHKの予算額は確かに年7000億円だが、国家予算から出ているのは36億円。つまり全体の0.5%ほどにすぎない。この36億円は、
国の政策とも関係ある海外向けの国際放送のための予算である。
では残りの大半はどこから? そう、受信料だ。
NHKは収入のほとんどを受信料で賄っている。みなさまの受信料で賄われるから「みなさまのNHK」なのだ。
さきほどのツイートは「国家予算からお金が使われている」と書きながら、最後は「受信料不払い」と書いている。このように、国のお金(税金)と受信料がごっちゃになっている人は少なくない。
受信料はNHKが集めるものとして存在を知っているが、それと税金との違いがよく知られていないのだろう。
国のお金で賄われる放送は
「国営放送」だ。中国中央電視台(中国)、朝鮮中央テレビ(北朝鮮)がそれにあたる。一方、NHKはほぼ全額を視聴者が負担する受信料で賄っている。受信料を集めるのも自前で行っている。だから
「公共放送」と呼ばれる。
国営放送が国の支配下にあり、放送内容も政府の思惑の制約があるのに比べて、
「公共放送は直接視聴者から受信料を集めて運営するから、そのような制約が少ない」という立て付けになっている。建て前上は。本当にそうだったら異論は少ないだろうが、実際にはそうとは思えない事例があるから
「受信料なんて払えない」という声が出てくる。