コロナ対策を牛耳る官邸「側用人」の跋扈と失墜<毎日新聞編集委員兼論説委員・伊藤智永氏>

今井尚哉首相秘書官

今井尚哉首相秘書官(時事通信社)

官邸の権力構造が崩れつつある

―― 伊藤さんは官邸取材を重ねながら、コロナ対策で迷走する安倍政権の実態を明らかにしています。 伊藤智永氏(以下、伊藤):安倍政権の新型コロナ対策は、官邸の権力構造から読み解くことができます。  官邸には二つのグループがあります。一つは、経産省出身の今井尚哉・総理秘書官兼総理補佐官を中心とする「官邸官僚」です。もう一つは菅官房長官をトップに、杉田和博内閣官房副長官が事務局長として機能する「内閣官房」です。官邸官僚は今井人脈の集団であり、安倍政権のキャッチフレーズや看板政策を立案しています。一方、内閣官房は正式な官邸組織で、政権運営の実務を取り仕切っています。  官邸権力は官邸官僚と内閣官房の二重構造になっており、今井氏と菅氏の二人が「影の総理」として安倍総理を支えてきました。ところが、コロナ危機を機にこの権力構造が崩れつつあるのです。 ―― 今井氏は官僚でありながら「影の総理」「今井政権」と揶揄されるほど絶大な権力を振るってきました。 伊藤:今井氏は第二次安倍政権で総理秘書官に就任してから、重要閣僚級の存在感を発揮してきました。今井氏を中心とする官邸官僚にとって最大の政策目標は「いかに支持率を上げるか」です。そのために「政権をどうアピールするか」「安倍総理をどう見せるか」「『やってる感』をどう演出するか」という広報戦略を考え、それに合わせて経済・社会保障・外交などの諸政策を組み立ててきた。いわば「官邸の電通」です。  「力強いリーダー」という安倍総理のイメージや安倍政権のキャッチフレーズや看板政策である「アベノミクス」「三本の矢」「地方創生」などは今井氏が仕掛けたもので、2014年からは経産省の後輩である新原浩朗・経済産業企画局長を中心に「新・三本の矢」「働き方改革」「人づくり革命」「人生100年時代」などの大風呂敷を広げてきました。  これらの看板政策のいくつかは実際にやりましたが、その中でもきちんとした成果をあげたものはあまり見当たらない。結局、イメージ戦略が先にあって後付けで政策を組み立てるため、政策に一貫性がなく実際の成果も乏しくなるのです。見栄えはいいが中身はない。その意味で、安倍政権は本質的に「空虚な政権」です。しかし、こうした毎年変わる出し物は国民の好評を博してきた。国民は実績を問わないまま「やってる感」に目を奪われ、拍手喝采を送ってきた。その結果、第二次安倍政権は史上最長の長期政権にまでなったのです。

コロナ危機で通用しなかった今井戦略

―― その中でコロナ危機が起きた。 伊藤:今井氏を中心とする官邸官僚は新型コロナウイルスという有事に際しても、従来と同じ戦略で対応しようとしました。プロンプターを導入した総理記者会見、アベノマスク、総理が優雅に寛ぎながらステイホームを呼びかけるSNS動画、持続化給付金、GoToキャンペーンなど、国民ウケを狙った対策を打ち出した。  ところが、国民は「何をやってるんだ!」と急に怒り出したのです。おそらく官邸官僚は「今までと同じことをやっているのに、どうしてこんなに批判されるんだ」と戸惑ったはずです。それでも「これならどうだ」と次々と新しい手を打ったが、生煮えの中途半端な対策ばかりであり、その度にブーイングの嵐が巻き起こった。  官邸官僚は社会心理の変化を見抜けなかったのだと思います。新型コロナウイルスの国内感染が広がり始めてから、国民は目に見えないウイルスの恐怖に怯え、社会不安が増大していました。実際、官邸が政策変更を余儀なくされたのは緊急事態宣言中のことです。予算を組み替えてまで「条件付きで1世帯30万円給付」を「1人10万円給付」に変更したのは4月、検察庁法改正案を断念したのは5月でした。官邸は1月の時点で黒川弘務・東京高検検事長の定年を延長しましたが、この時は国民がほとんど反応しなかった。数か月の間に、それだけ社会不安が増大したのだと思います。  官邸官僚の広報戦略は平時においては機能するが、有事には機能せず、危機に対応できなかったのです。
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「側用人政治」の底が割れた
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月刊日本2020年9月号

【特集1】中国とどう向き合うか

【特集2】コロナ危機から敵前逃亡する安倍総理

【特集3】問われる国家指導者の責任