外国メディアが東アジアをカバーする東京支局を閉鎖し、中国の北京、上海やシンガポールなどへ移転し始めたのは今世紀に入った頃だっただろうか。東京支局のスタッフを減らす通信社もあった。日本外国特派員協会(FCCJ)の記者たちは、
「毎週のように特派員仲間の送別会がある」と言っていた。
国際メディアが東京に見切りをつけた理由は、日本の国力の低下、政変がないため国際ニュースが少なくなったという事情もあったが、
最も大きな理由は、日本にしかない「記者クラブ制度」の存在で、外国人記者の取材が困難だという理由が最も大きいと思われる。
「日本では証券取引所にまで『兜クラブ』という記者クラブがあり、経済ニュースの取材も自由にできない。クラブに入っていないフリーランス記者、外国メディア記者は常に差別されている」とFCCJの記者たちは嘆いていた。
「一党独裁の中国の方が、記者クラブがないから、日本よりましだ」(上海に移った仏紙特派員)ということだった。
米紙『ニューヨーク・タイムズ』(以下、NYT)は7月14日、来年までに、デジタル・ニュース部門のアジアでのグローバル拠点を香港から大韓民国の首都ソウルに移転する計画を進めると発表した。東京も移転先候補になったが、
「報道の自由」がないという理由でソウルになった。NYTがそう判断した理由は、記者クラブのある日本を避けたのだと筆者は見ている。
中国が「国家安全維持法」を制定(6月20日)し、伝統的に自由だった香港での「報道の自由」が脅かされているための措置だ。
記者クラブ制度のある日本は、外国メディアにとって中国と同程度の取材・報道環境と受け止められているのだ。
香港のメディア状況が「中国本土並み」になることを危惧
NYTはニューヨーク、ロンドン、香港の3都市にあるグローバル拠点で、24時間体制でオンライン・ニュース(電子版)を発行している。香港のスタッフが24時間のうち7時間の編集を担っているが、7月14日、香港にあるデジタル部門をソウルにシフトすると発表し、報じた。
香港で勤務するスタッフの3分の1が、来年までにソウルへ移るという。
8月5日に発表されたNYTの2020年4~6月期決算で、デジタル・ニュース部門の売上高(電子版の購読料とデジタル広告)が、伝統的な紙媒体を初めて上回った。NYTの紙を含む購読者数は650万人を超え、2025年には1000万人の購読者を目指している。
米中対立もあり、中国本土でNYTなど米国人記者への記者としての就労許可査証(ビザ)の更新の拒否、ビザの剥奪などが続いている。
NYTの北京特派員だったクリス・バックリー記者(2012年入社、オーストラリア国籍)は、今年5月に記者ビザを奪われて香港に移っていたが、香港の入管当局は7月上旬に記者ビザの更新を拒否した。香港では前例のない措置だった。
NYTは、香港のメディア状況が「中国本土並み」になると恐れている。
NYTの編集幹部は社内向けの文書で
「国安法がジャーナリズムに対し多大な不安を生んだ」「我々の運営やジャーナリズムにどのような妨害を及ぼすかを考慮することが今ほど重要な時はない」と述べた。
NYTはアジア太平洋地域の都市の中から香港以外の適切な場所を探す中で、バンコク、ソウル、シンガポール、東京、シンガポールなどを検討した。その結果、さまざまな理由の中でとりわけ
、①外国企業に対して友好的である② 独立した報道(independent press)が存在する③主要なアジアのニュース分野で中心的な役割を担っている――の3点で魅力があるとして、ソウルを選んだ。
NYTはこの決定にもとづき、香港にいるジャーナリスト(記者・編集者)のチームを来年にかけてソウルに移すと決めた。香港をカバーする記者と、NYT国際版(紙)の印刷、広告マーケティングの両部門はそのまま香港に残留する。