金日成総合大学にて、とある女性教授とのマンツーマン授業の思い出<アレックの朝鮮回顧録8>

金日成総合大学の校庭の雪

金日成総合大学の校庭で雪が降った日、学生が作った雪だるま(筆者撮影)

 2019年7月4日、北朝鮮の金日成総合大学に通うオーストラリア人留学生アレック・シグリー氏が国外追放された。  朝鮮中央通信はシグリー氏が「反朝鮮謀略宣伝行為」を働いたとして6月25日にスパイ容疑で拘束、人道措置として釈放したと発表。北朝鮮の数少ない外国人留学生として、日々新たな情報発信をしていた彼を襲った急転直下の事態に、北朝鮮ウォッチャーの中では驚きが走った。  当連載では、シグリー氏が北朝鮮との出会いの経緯から、逮捕・追放という形で幕を下ろした約1年間の留学生生活を回顧する。その数奇なエピソードは、北朝鮮理解の一助となるか――?  

北朝鮮留学生活で記憶に残る女性教授

 私は前回、他の学生についてのエピソードを取り上げたが、今回は自分自身の経験について話す。  私は金日成総合大学の留学生兼博士院(大学院)生として、同大学の文学大学(2019年に「朝鮮語文学部」に改称)で現代朝鮮小説文学の修士課程を3学期履修した。  教員たちは本当に親切だったし、授業内容は朝鮮の専門家になろうとしている私にとっては非常に興味深いものだったため、私は良い経験をしたと思うし、今でも温かい思い出として振り返っている。教員との対話、授業内容についての話など、面白いエピソードをここで紹介したい。  私は、指導教員だったハン・ユンミ先生(仮名)が今だに懐かしい。  彼女が「退廃的な西方国家」で、「米帝侵略者の手先」であるオーストラリアからきた留学生の論文指導にあたったこと自体がすごいことだった。  ハン先生は70歳を超えたお婆さんだったにも関わらず、外交的で魅力があり20代女性のように活気に満ちていた。ファッショニスタでもあった彼女は、出勤するたびに平壌女性が好む端正で繊細なパステルカラーの服を着て、それに良く似合うハイヒールを履き、洒落た鞄を携えてきた。当然、ヘアスタイルもよく整えていた。

北朝鮮の文壇における第一人者だったハン先生

 彼女が若い頃は絶世の美人だったという噂もあった。彼女が朝鮮の文壇においては重要人物であり、国全体で最も有名な文学評論家のうちの一人であるといわれていた。彼女は「党と首領様の偉大性」はもちろん、朝鮮文学の「インテリ表現」「女性解放思想」などのテーマについて金日成大学の学報、および朝鮮作家同盟機関誌「朝鮮文学」上で活発に評論していた。  そして朝鮮文学における「女性の表現」、文学作品の心理描写についての書籍も執筆していた。彼女は朝鮮におけるフェミニスト文学評論家と最も近しい存在であるといえる。  彼女は朝鮮文学の元老たちとも直接の知り合いで、韓国で文学賞を獲った朝鮮で唯一の小説である「ファン・ジニ」の作者、ホン・ソクチュンと金日成大学文学部の先輩後輩の関係だった。  ハン先生は韓国文学界で注目を浴び、英訳もされた朝鮮の小説「友」の作者であるペク・ナムリョン、そして映画「我が家の問題」の脚本家で戯曲のジャンルを開拓したリ・ヒチャンの友人でもある。  だがハン・ユンミ先生は大物が醸し出す傲慢さを微塵も持たなかった。彼女は私と向き合うたびに微笑みながら私にとっては早い速度の平壌語を話した。彼女の平壌語がいかに早かったかは、同宿生(金日成大学の寄宿舎に住む現地人学生)ですらも聞き取れなかったというほどだ。しかし私は、彼女と会話するごとにその小気味良い平壌語を理解するようになった。
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彼女は、私を北の学生と同じように「同務(トンム)」と呼んだ
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