46歳、サラリーマン、男。「プリキュア」を好きであるということ

長袖バージョンの衣装とプリキュアおじさん

長袖の旧バージョンの衣装とプリキュアおじさん

職場の同僚は、本当の私を知らない

 景気が良かった頃に比べ、私を含めた現代のおじさんはとにかくカネが無く、普段行けないような所に連れて行ってくれたりするような、若い人にとって目標や憧れにしないまでも「ちょっとめんどくさいけど上手く付き合って行くのもいいな」と思うような存在ではすっかりなくなった気がします。    若い人と同じようにカネも甲斐性もないわけで、食べるものや着ている服もさほど変わらない。ただ、歳だけとってる人、という場合も少なくないんじゃないでしょうか。  例えばあなたが所謂若者だったとして、歳の離れた上司・先輩など自分より上の世代の知人が、着る物や食べる物、そして観ている物まであなたと大差無かったらどう思うでしょうか。その知人が「歳こそ離れているけど若い人と話の合う俺」のつもりでいても、その歳になって若い世代と大差無い物を好んでいる・手にするしか選択肢が無い、というのはなんとも夢も希望も無いような、そんな気持ちになるかもしれない。  「同じようなものを」手に取っているケースならまだ良い方なのかもしれません、これが極端に対象年齢の低い物だったらもうなんか、目も当てられないというか………。  これを書いている自分はそう思われるに十分な側にいる、というかそのものになってしまった、そしてその事を隠して生活している現在46歳の「プリキュア」ファンなのです。  もう結構な歳なのでプリキュアの情報と並行して高い歯磨きの情報なんかも集めつつ、好きが高じて週末などにプリキュア楽曲だけかけるDJとして(それをDJと呼ぶのかどうかは置いといて)、活動8年目になる者です。何かを始めるのに遅すぎる事は無い、と言いますが、遅すぎないにしてもやっぱ遅いよ!と良く思ったりしてます。
DJするプリキュアおじさん

DJするプリキュアおじさん

私は「プリキュアになりたい」と軽々しく言えない

 御存知無い方もいるかもしれないので乱暴に説明しますと、「プリキュア」とは、「女児向けアニメ」と呼ばれてきたカテゴリのアニメ作品、そこに登場する強くてかわいい戦う女の子達の事で、2004年の放送開始から10数年間、様々な理由から戦いに身を投じる事になってしまった女の子たちが、戦いの中で女の子である事をまっとうし、これによって守る対象や、時には敵対している者との間に絆を築いたりしながら仲間を増やし、代替わりして行くうち、今や赤穂浪士の数を優に超える人数となった「女のヒーロー」です。  自分は文章を書くのが下手な上に滅茶苦茶遅いので、これを書かせていただいているうちに(発注されてから7ヶ月が経過していました)、60人目のプリキュアが誕生してしまいました。 「一部のオタクは何かに苦しんでいる時に見たプリキュアを親だと思う習性がある」とは知人の言葉ですが、自分もこれに漏れずそういった経緯があってこの作品が好きになり、今に至ります。  好きで観ているというだけなので、特別誰かの理解や許可が欲しいとも思わない反面、人の目が全く気にならない訳でも無く、これを職場などで積極的に話したりはしていません。  人には色々な好みもある以上、いろいろな「決定的な嫌」もーー本来、他者の趣味嗜好は尊重されるべきで、そういうのってあってはいけないのかもしれないけど今現在当たり前にあるわけで、そういう「決定的に嫌」という感情を持つ人がいる以上、支持者側が血相を変えて「何がいけないんだ!」と主張して事態が好転するとは到底思えず、というのがその理由です。
現在の半袖バージョンの衣装

現在の半袖バージョンの衣装

 以前の職場などで、こういう事を試みた事が無かった訳ではありませんでしたが、イイ歳した男がプリキュアという構図ゆえでしょうか、「え~プリキュアになりたいんだ~?(おまえが笑)」みたいな感じでからかわれたりする事は少なくなかったし、なんならこれが拒否反応としては一番マシな部類だったかもしれません。  こういう時、「『女の子は誰でもプリキュアになれる』と謳った作品もあった、最近では男の子や町中の人々がみんなプリキュアになった作品もあった(賛否もあった)、プリキュアというのは今まで観てきた限り原則的にひとりで勝手になるもんではなく、積み重ねられ築かれていく関係こそをプリキュアと呼ぶのかもしれない」と私は心の中で繰り返し呟き、やり過ごしていました。  なにより作品の中のプリキュアたちは「なってから」の方が大変、こういったルールがあるわけでは決して無いのですが、自らが望んでプリキュアになった場合、取り返しのつかない大きな喪失、別れが待っている傾向にあります。あの人もそう、あの人もそう、観てればわかる事なんだ、なりたいのかとかそういう事を軽々しく言ってもらっては………と言いたいのを我慢して「はは………」と笑ってやり過ごすくらいしか無いどころか、面白つまらない扱いをされるのが関の山で現在のスタンスに落ち着きました。  そう考えるとシリーズを何作も観ていながら尚、「プリキュアになりたい」と周囲に言って憚らないとっくに子供じゃないファンは何かと大きな別離を果たしているのかもしれません
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「大きなお友達」たちの世界
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