鬼に首を切られる様子は「恩師を殺害したプレート(餓鬼)」の図
2018年後半、あるいは今年に入って、タイの人気観光スポットのひとつに「地獄寺」というジャンルが加わった。椋橋彩香さんの著書
『タイの地獄寺』(青弓社)から広まったと見られ、訪タイ日本人の、特に何度もタイに足を運び、ある程度行き尽くしてしまった人に特に注目されている。
地獄寺と聞いて、当初は日本でいうところのB級スポットや秘宝館のような、民営の怪しい博物館かと想像した。ところが、これが行ってみると案外におもしろく、おすすめできるスポットでもあった。
そもそもこの『タイの地獄寺』という著書自体がサブカル的なスポットを巡るガイドブックのようなものではなく、著者の研究成果をまとめたものになっている。地獄寺の成り立ちやタイ人の仏教の世界観が織り込まれていて、勉強になる。
これらタイの地獄寺はそのオブジェなどから確かにB級の香りがぷんぷんと漂ってくるが、歴としたタイの寺院にあり、タイ人にとっては自分の生活習慣を戒め、子どもたちの教育の場にもなっている。
パイローンウア寺の白い大仏
今回、バンコクから最も近く、かつ有名な地獄寺「ワット・パイローンウア(パイローンウア寺)」に行ってみた。中央部(日本の関東地方に相当する)のスパンブリー県にある寺院で、近いといっても、車でバンコクから2時間弱の場所にあった。
パイローンウア寺はスパンブリー県の農村地帯にあるからか、バンコクではありえないほど広大な敷地を有する寺院だった。パイローンウア寺すべてが地獄を描いているわけではなく、一部に地獄を表したオブジェなどが並ぶエリアがある。広い敷地内には地獄のほか、大仏もあるし、地元民のための市場もあった。
白い大仏の隣にある駐車場に車を駐めると、目の前には地獄に落ちるとされる、低モラルな行為の数々が石像で表現されていた。ウソを吐いてはいけないだとか、妻や夫に暴力を振るってはいけないなどのものである。
これらを横目に進んでいくと、今度こそ地獄のエリアが現れる。数メートルもある巨大なものから、等身大のサイズまで様々あり、舌を抜かれていたり、針の木に登らされる、首を切られるなど、タイの説法などで語られるあらゆる地獄がそこにあった。
様々な餓鬼が、今も制作され増殖している
ただ、どのオブジェにもタイトルが振られているのだが、どれも「何々をしたプレート」と紹介されていた。プレートとは日本での餓鬼に当たるものだ。人間時代の悪い行いで地獄に落ちた餓鬼を表していたのだ。タイでは六道における三悪趣である畜生道、餓鬼道、地獄道のうち、餓鬼道と地獄道がセットで語られることもあり、パイローンウア寺では地獄に落ちた餓鬼が飾られていた。
家庭内暴力のオブジェに見えるが、タイトルは「遊びに出かけて家に帰ってこない」
色合いがカラフルで、またオブジェ自体もリアリティーのある精巧なものではなく、芸術に関しては素人が作ったとしか思えない代物で、怖さはあまりない。画像ではわかりにくいが、数百を超えるオブジェがあるので、怖いというよりは不気味さが漂う。オブジェに混じって数人分の身元不明の白骨死体も展示されているが、それらが霞むほどのインパクトはある。
そんな寺院は娯楽のない地方においては休日のエンターテインメントであり、子どもたちへの教育の場でもある。ある家族は父親が自身の子どもたちに「このプレートはなぜこのように痛めつけられているのかな」と訊くと、子どもたちは看板を読んで「何々をしたから!」と答えていた。ほほえましい風景ではあるが、子どもたちの態度からして、父親が意図するような響き方はしていない。そこもまたタイらしくておもしろかった。