札幌女児の虐待死、児相の労働環境の改善と虐待自体を防ぐ仕組み作りを

札幌女児衰弱死

衰弱死した池田詩梨ちゃんの自宅前で、手を合わせる女性(写真:時事通信社)

「48時間ルール」を守れという批判の噴出

 6月5日、札幌の2歳の女児が搬送先の病院で死亡した。傷害の疑いで21歳の母親と交際相手の男が逮捕されたこの事件では、虐待の通告から48時間以内に子どもと面会し、安全を確認する「48時間ルール」が守られていなかった。  ネット上では、「命を軽視しすぎてる」「いい加減な公務員に税金払うのは無駄使い」「ルールを守らないのはダメ」など、児童相談所の職員に対する厳しい批判の声が上がった。  筆者自身、批判したい気持ちは理解できる。殺された女児について「冬なのにシャツ1枚」、「たばこを押し付けたような痕」、「体重は平均の半分」、「全身にあざ」などの痛ましい報道があふれているのだから、批判もしたくなるだろう。  児童福祉の現場で働く人たち自身が、48時間ルールを守れないような労働環境を強いられているにもかかわらず、その改善を社会に訴えてこなかったことは確かだ。そのことで子どもの命が奪われる仕組みが温存されてしまった。  しかし、「べき論」では、虐待されている子どもは救えない。

児相の職員の離職率はなぜ高いのか

 北海道は7日、道内8ヶ所の道立児童相談所向けの緊急会議を開き、ルールの徹底と確認できなかった場合の速やかな報告を指示した。  平成19年(2007年)1月23日に「児童相談所運営指針」の見直しを行った際、児相に虐待通告がなされた際の安全確認を行う時間を「48時間以内とすることが望ましい」と定めたことに依拠しての措置だが、これは現場知らずの官僚が強いた「べき論」にすぎなかった。  厚労省発表の統計によると、児相の職員の4割以上は、3年以内に離職している。  これは、離職率が高いとされている宿泊業や飲食サービス業よりはるかに高い離職率だ。  なぜ、児相の職員は辞めたくなるのか。それは過労死寸前の多忙ぶりによる。  北海道では、児童相談所での虐待相談の対応件数が平成29年(2017年)度で3220件あった(※速報値)。道内の児童福祉司の数は、8か所の児相全体で同年度は78人。一人あたりの児童福祉司が年間で対応する相談案件は、平均41件(※小数点以下切り捨て)。1件あたりにかけられる日数は約5.5日間。  5~6日あるといっても、特定の相談案件一つにそれだけの日数をかけられるわけではない。児童福祉司の通常業務には、虐待相談以外にも家庭内暴力・非行・不登校などの相談対応、学校・病院・福祉施設などの関係機関との連絡、親との面接、面接記録や通知書の発行などの事務処理もある。  朝8時30分に出勤しても、午後5時15分の定時で帰れる保証はない。残業しても、一つの相談に対応できる時間は、実質的に最大2、3日間もないだろう。これでは親子双方にとって満足度の高い解決成果を出すのは難しい。  被虐待児の一時保護について「拉致」、「連れ去り」と批判する声が親から上がるのも、親と児童福祉司との間のコミュニケーションに十分な時間を割けるだけの余裕がないことが一因だ。  中堅の児童福祉司が、「子どもを返せ」と鬼の形相で迫る親との面接で心が折れそうになっても、10年以上のプロ経験を持つ先輩は現場に5人に1人程度しかいない(同じ所内では1人か2人)。その先輩もフル稼働なので、相談もしずらい。  しかも「父親からレイプされた」、「母親が包丁を振り回す」など、あまりに深刻な相談を朝から晩まで毎日毎日つきつけられ、虐待相談は年々増え続けるばかり。過酷な仕事が山積し、へとへとに疲れて帰宅すれば、家事や育児や雑事が待っている日々。気がおかしくなっても不思議ではない。  そんな職員に対して、あなたが児相のトップなら、夜に職員を突然呼び出し、「警察と一緒に虐待が疑われる家に車で駆けつけろ」と言えるだろうか?  それでも、世の中には「48時間ルールを守らないのはダメ」とべき論を曲げず、「職員数を増やせばいい」と単純に考える人もいる。  職員数が増えれば、相談窓口も増える。対応しなければならない相談案件数が増えれば、職員数を増やせるだけの予算を求めることになる。こうした予算と相談件数のいたちごっこを永遠に続けていても、虐待自体は減らせない。  つまり、予算をつけるべきは、虐待が起こった後の措置やケア以上に、親に虐待させない仕組みを作り出す事業のはずだ。そこで、「虐待行為という蛇口を閉める事業に予算をつけろ」と政治家に要求することこそ、納税者であり、主権者である市民の権利行使ではないか?
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主権者としてすぐにでも始められることがある
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