差し押さえ現場は、奇しくも思い入れのある場所だった<競売事例から見える世界19>

 差し押さえ・不動産執行という仕事をしていると、日々、多種多様な不幸や不運、悲哀に満ちた人々との出会いがあるため、大抵のことには動じなくなる。とは言え我々も人間、時折このスタンスを揺るがす事件に出会うこともある。

執行に関わる流れの説明を理解できる人物がいない

「思い入れのある街角」  そんな一角に不動産執行で足を踏み入れるというケースは、その代表例と言って良いだろう――。  巨大なドングリが大量に拾えるということで、まだ幼かった娘が「ドングリ公園」と命名し、足繁く通っていた公園がある。当時住んでいた場所からは15分ほど歩くのだが、同年代の子ども達が約束をせずとも集う付近では人気の遊び場となっていた。  この公園にやってくる子ども達は不思議と人懐っこく、見知らぬオッサンであるはずの私も秘密基地に招き入れられたり、鬼ごっこに強制参加させられたり、小枝を集める係に任命されたりする。  中でもこの公園に行くと必ず顔を合わせる娘と同年齢程度の女の子は積極性が群を抜いており、私と娘のコンビを見かけると屈託のない笑顔で駆け寄り、あれやこれやとお世話してくれる。  夕方まで遊ぶと彼女の家を経由してから帰るのが恒例だったのだが、帰路の彼女は毎回、某名作アニメ映画のワンシーンのように、こう笑うのだった。 「あたしんちボロいんだよ~!ボロ~ッ!ボロッボロ!」  確かにこの一帯には古めかしい亜鉛めっき鋼板、俗にいうトタンの住宅が並んでいた――。  そんな思い出が甦ったというのも、この日の当該物件は懐かしい彼女の家の道路を挟んだ向かい側。付近に似つかわしくない真新しい注文住宅がここ5年以内に建てられていた。  物件調査を進めながらも彼女の家が気になりチラチラと確認していたのだが、日中のため人の気配は感じられない。それでも、何一つ当時と変わらない外観から、まだ彼女とその家族が暮らしていることが伺える。  今回の物件はまだ新しいため特段問題視すべき部分はなかったのだが、問題と考えられるのは債務者家族だった。  執行に関わる流れの説明を理解できる言語能力を有している人物がいないのだ。  70代後半と思われる女性から3才ほどの女児までという7人の三世帯同居。祖母であろう女性がたどたどしい日本語で応対してくれてはいたが、残りの家族はポルトガル語もしくはスペイン語のような言葉を使っており、日経ブラジル人か、とにかく南米系の人々の家庭であることが伺える。  物件の間取りは珍しく1階2階共に全員がくつろげるフリースペースが大きく取られ、個人の寝室はどれも少し小さめに作られている。全てのスペースにイエス・キリスト像やタペストリーが丁寧に祀られているところから察するに、熱心なクリスチャン家系なのだろう。
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女の子の家は何一つ変わっていなかった。ただ一つ、人の気配がないことを除いては
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