イージス・アショアはストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が発表する軍需企業ランキングで1位常連の巨大企業「ロッキード・マーティン」社製。写真は同社のイージス・アショア紹介ページ
イージス・アショアは、合衆国の手で
ルーマニアとポーランドに配備が進んでおり、また
トルコに
前方展開Xバンドレーダー(FBX-T)が合衆国の手で展開されています。
合衆国は、イランによる合衆国本土を狙った
大陸間弾道弾(ICBM)による攻撃を警戒しており、もともとポーランドに
地上配備型ミサイル防衛(GMD)を配備しようとし、ロシアと厳しく対立した結果、新冷戦勃発とまで報じられました。
オバマ政権によりICBM迎撃用のGMDではなく
IRBM(中距離弾道ミサイル。射程3,000-5,500km程度)迎撃用のSM-3に縮小されましたが、これが欧州イージス・アショアの原点と考えられます。図1に2012年時点でのイランICBMの迎撃想定図を、図2にカスピ海配備のブーストフェーズ迎撃想定図を示します。これらは合衆国が、イランにより合衆国全土を核攻撃の脅威に晒されると想定していることを示しています。
私には、イランが合衆国をICBMで攻撃し、自らも報復核攻撃で蒸発すると言う選択肢をとるとはとても考えがたいのですが、合衆国は真面目にそれを考え、欧州
イージス・アショアと
前方展開Xバンドレーダー(FBX-T)の配置で迎撃態勢を固めているようです。
イージス・アショアは、ICBMの迎撃こそ出来ませんが、
早期警戒、追跡レーダーサイトとして働き、合衆国東海岸配備の構想がある
GMDにより迎撃する事となります。更に
洋上配備型ミサイル防衛(SMD)により前方での迎撃を行う可能性もあります。但し、技術的には可能ですが、GMDの追加展開と合わせて数兆円~10兆円程のお金を要すると考えられます。
図1 イラン(中東)ICBMの迎撃想定図
pp5-28, Making Sense of Ballistic Missile Defense: An Assessment of Concepts and Systems for U.S. Boost-Phase Missile Defense in Comparison to Other Alternatives, 2012, National Academy of Sciencesより引用
図2にイランICBMのブーストフェーズ迎撃の想定図を引用します。これはカスピ海に水上展開する迎撃ミサイルによってICBMを撃ち落とす訳ですが、カスピ海は、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、ロシア、イランに囲まれた塩湖で、
ロシアとの関係を決定的に悪化させる行為となります。
図2では、ボストン、シカゴ、デンヴァー、サンフランシスコ、フェアバンクスと合衆国の北寄りの都市は軒並み標的と想定されています。
図2 イランICBMのブーストフェーズ迎撃想定図
pp2-18, Making Sense of Ballistic Missile Defense: An Assessment of Concepts and Systems for U.S. Boost-Phase Missile Defense in Comparison to Other Alternatives, 2012, National Academy of Sciencesより引用
先述したように、オバマ政権時代にイランによるICBM攻撃は可能性が低いとして、IRBM迎撃の為の
SM-3、イージス・アショアに縮小されました(図3)が、THAADのXバンドレーダーとイージス・アショアは、合衆国本土防衛の為の早期警戒、追跡レーダーとして運用されていることも事実です。そもそも、イランが欧州諸国をIRBMで攻撃する理由があるのかを考えれば、「合衆国本土防衛の早期警戒・追跡」というのも合点が行く話です。このイランによる対米核攻撃とそれを縮小した対欧州弾道弾攻撃という合衆国の想定が、欧州イージス・アショア配備の理由です。
そして以前、安倍晋三氏が欧州訪問の際に行った北朝鮮による対欧州弾道弾攻撃と言う発言も源を同一にするものではないかと私は考えています。当時、安倍氏の発した北朝鮮によるヨーロッパへのミサイル攻撃と言う発言が余りにも唐突で、驚いた方も多いのではないでしょうか。
図3 ルーマニア配備イージス・アショアによるIRBM迎撃想定図(ロフテッド軌道の場合)
pp3-15, Making Sense of Ballistic Missile Defense: An Assessment of Concepts and Systems for U.S. Boost-Phase Missile Defense in Comparison to Other Alternatives, 2012, National Academy of Sciencesより引用
図3 にルーマニア配備イージス・アショアによるIRBM迎撃の想定図を示します。図3ではロフテッド軌道(通常よりも角度を上げて高く打ち上げたときの軌道)の場合を示しており、英国が覆域から外れますが、通常軌道の場合は英国も覆域に含まれます。
この迎撃シミュレーションが何を計算しているのかというと、Lambert’s problem(※18世紀の数学者・天文学者 Lambertが彗星の軌道を決定するために発見した方程式で、遷移軌道の幾何学的形状から必要な初速度を導き出すことができる)を解いているので、これは迎撃成功を示すのでなく、
会敵成功を示しています。したがって、会敵成功軌道の地上への投影象(フットプリント)は、迎撃成功ではなく会敵成功を示すものです。
届かなければ当然、迎撃は出来ませんので重要なシミュレーションですが、会敵した上で迎撃成功と言うのは全く別の話となります。だからこそ、合衆国は核弾頭のABMに始まりSDIをへて、半世紀以上ものあいだ、20兆円とも30兆円ともそれをはるかに超えるとも言われるお金をかけてミサイル防衛兵器の開発をしてきているのです。しかもまだまだ完成していません。実戦証明(コンバットプルーブン)の無い兵器の扱いの難しさがここにあります。そして、このこともMD防衛を考える上でたいへんに重要なことです。
ミサイル防衛のシミュレーションが、Lambert問題であると言うことは次の報告書に詳しいです。(参照:
Jaganath Sankaran「The United States’ European Phased Adaptive Approach Missile Defense System Defending Against Iranian Threats Without Diluting the Russian Deterrent」2015, RAND Corporation」