東京五輪の大型施設はいいけれど……。真に必要なのは育成年代だ

「コンパクト五輪」という謳い文句とは反対に、今なお予算が膨れ上がり続けている東京五輪のインフラ整備。結果、「スタジアムやアリーナに膨大な予算を費やすのは悪である」という風潮が生まれている。しかし、五輪とは関係なしに、客観的に見ると日本スポーツ界、特に育成年代でのインフラ不足はかなり深刻だ。スポーツライターの大島和人氏が現状を分析する。

選手の“足元”は強化に直結する

a0002_004816_m ウェブや雑誌で、スポーツに関する育成論は手厚く展開されている。「何をどう教えるか」に関心を持つ論者は多く、傾聴に値するものも少なくない。サッカーを例に挙げるなら、オン・ザ・ボール(ボールに関与している局面のこと)の事象は語りやすい。指導者や親が、第三者の発信をピッチ上に反映させることも容易だ。しかし本当に大切なことが見過ごされているようにも思う。  W杯ロシア大会を振り返ると、最初のトピックはアイスランド代表の奮闘だった。彼らが2016年のEUROで見せた快進撃は記憶に新しいが、ロシア大会でも人口35万人の小国がアルゼンチンと引き分けて文字通り世界を驚かせている。  彼らを紹介する朝日新聞の記事に、アイスランドのプレー環境についてこのような情報が出ていた。 “フルサイズの屋内ピッチは7面、ハーフサイズが6面、屋外の人工芝のピッチは24面、天然芝は148面もある”  アイスランドは国民一人当たりのGDPが日本の2倍近くある豊かな国だ。35万の人口で韓国と同規模の面積があり、森林伐採や牧畜の影響で表土の露出した土地が多い。加えて冷涼な気象も芝生の栽培に適している。要はサッカーのピッチを作りやすい土地だ。  彼らの躍進を見れば「人口より天然芝のピッチ数が強化には大事」という結論を導き出せる。もちろん才能と指導者は重要だが、それを生かす場が無ければ相乗効果は生まれない。  私が居住している東京都の町田市は42万人とアイスランド以上の人口を持ち、40年も前から「少年サッカーの街」として知られているが、天然芝のピッチは2面しかない。1面はFC町田ゼルビアが公式戦を行う町田市立陸上競技場で、もう1面はラグビーで使われるキヤノンスポーツパークのメインピッチだ。育成年代の子が使える施設ではない。  元ドイツ代表のルーカス・ポドルスキ(ヴィッセル神戸)も先日、Jリーグ公式サイトのインタビューでこう述べていた。 「日本はアカデミーが弱いと感じるね。私の息子が神戸のアカデミーに入っているが、毎日練習する場所が変わるので、そこは改善するべきだ。しっかりとした育成環境がないと、しっかりとした選手は育っていかない」  J1、J2はほぼすべてのクラブが天然芝の練習環境を持っている。しかし育成年代になると環境は一気に貧しくなる。神戸に限らず渡り鳥を強いられているクラブは多い。選手と親の時間を奪い、不要なストレスを与える環境だ。  今から20年前、愛媛県の高校生チームが天皇杯で快進撃を起こしたことがあった。1997年の第77回天皇杯全日本サッカー選手権大会で、愛媛FC U-18はまず県予選でトップチームを下すと、本大会でも1回戦でアローズ北陸を撃破。2回戦は同大会の4強に入った東京ガスを相手に、延長戦まで持ち込む互角の戦いを見せた。彼らは吉村圭司、青野大介、不老伸行といった後のJリーガーがプレーするタレント軍団でもあった。  数年前に当時の総監督で、愛媛FCの創設にかかわった石橋智之氏と会話をする機会があり、「あのときは天然芝を使えた」と当時の環境を説明してもらった。クラブを後援していた南海放送のサンパークという施設があり、それをユースチームが日常的に使っていた。しかし、それは例外的なケースで、天然芝で練習していた時期も短期間だった。  筆者が日本ラグビーを変えた事件だったと受け止めているのは、早稲田大学による2002年の上井草移転だ。東伏見グラウンドは選手やファンに「聖地」と称され、汗と思いの染み込んだ土のグラウンドだった。ただし、ブレイクダウン(タックル後の攻防)のスキルを固い土で習得することは難しいし、ステップも芝は鋭さが違ってくる。  早大ラグビー部は清宮克幸監督(当時)を中心に、石神井川の改修工事で土地が収容されるピンチを逆用し、広く近代的な環境を整備した。上井草グラウンドは1.7面のサイズがあり、当初は全面が天然芝だった。(現在は1面が天然芝で残りは人工芝)  完成直後に清宮監督が「早稲田がやれば他大学も追随する。日本のラグビーがこれで強くなる」と口にしていたことを記憶している。高性能の人工芝が開発された時期でもあり、首都圏の強豪大学は一気に「土」から脱却していった。上井草グラウンドで育ったのがジャパンでも活躍した五郎丸歩、畠山健介や、中学生時代にワセダクラブでプレーした松島幸太朗だ。上井草と、それに続く各大学の環境整備は、2015年のワールドカップにおける南アフリカ戦勝利の遠因だろう。
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人工芝にも問題点が
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