表情分析技術が確立される前から、卓越していた仏像の表現力

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神護寺薬師如来立像(日本美術全集 第3巻 東都文化交易株式会社, 1953-04-15より)

 こんにちは。微表情研究者の清水建二です。  本日は、神護寺薬師如来立像の表情を分析し、仏の無言のメッセージを解き明かしてみようと思います。  皆さんは仏像を観る機会はありますか? 仏像のお顔を拝すると何を感じますでしょうか?  拝する仏像によってその印象や、心から湧き出てくるものが異なると思います。不動明王を拝すれば、「力強さ」や人によっては「恐怖」を感じるかも知れません。弥勒菩薩を拝すれば、心が清まるような感覚が生じるかも知れません。  それでは、冒頭の神護寺薬師如来立像。この仏像のお姿からは何が感じられるでしょうか? どんな表情が読みとれますでしょうか?  表情分析から本仏像の想いに迫ってみたいと思います。  まず、ホウレイ線が釣り鐘型になっていることが視認できます。これは上唇が引き上げられることによって生じます。この表情の特徴は「嫌悪」感情です。次に下まぶたが盛り上がり、目が細められているのが視認できます。この表情の特徴は「怒り」感情あるいは、「熟考」です。  つまり、この如来像は「嫌悪」と「怒り」あるいは「熟考」が混ざった表情をしていることがわかります。  それではなぜこのような激しいお顔をしているのでしょうか?  実はこの像、京都にある神護寺に祀られており、怨霊による祟りを防ぐために造られたそうなのです(詳しくは、清水眞澄(2013)『仏像の顔―形と表情をよむ』岩波書店p120をご覧下さい)。  進化生物学的には、「嫌悪」は、鼻孔を狭くすることで有毒なものを体内に入れないようにする表情です。 「嫌悪」表情には、今回の場合のように「上唇が引き上げられる」パターンと「鼻そのものにしわが寄る」パターンの二つがあります。前者は「怒り」と「軽蔑」を伴う時に生じると考えられ、後者は腐敗したモノのにおいを嗅いだ時に生じると考えられています。  このことから、本如来像の下まぶたの緊張を伴った細い眼は、「熟考」よりも「怒り」の可能性が高いと考えられます。そして「怒り」は、他人に恐怖心を与え、攻撃態勢にあることを示す表情です。 「嫌悪」表情によって、仏の体内(結界された場)に怨霊を立ち入らせないという意思と、「怒り」表情によって、怨霊に仏の神通力を垣間見させ、怨霊を震え上がらせるという意思が絶妙な混ざり具合でこの薬師如来像には体現されているのではないでしょうか。
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仏像の表情が物語る、無言のメッセージとは?
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