仕事ができる男は空気を読まない――【仕事に効く時代小説】『蜩ノ記<ひぐらしのき>』(葉室麟)

蜩ノ記 (祥伝社文庫)/葉室 麟

蜩ノ記 (祥伝社文庫)/葉室 麟

 空気を読むか、読まないか。仕事をしていると、そんな二択を迫られることがある。  仕事をスムーズに進めたいとき、空気を読むばかりが能ではない。周囲の意向を気にしすぎることで身動きがとれなくなる場面も多々ある。  “黒田バズーカ”で日経平均株価を急騰させた日銀・黒田総裁をはじめ、国内外の“ビジネスリーダー”と呼ばれる人たちも「空気を読まない」と定評がある人が多い。空気に振り回されず、己の役割をまっとうする。それもまたビジネスマンにとって必要不可欠な資質であり、スキルだ。  直木賞受賞作で、役所広司と岡田准一のW主演で映画化もされた時代小説『蜩ノ記<ひぐらしのき>』(葉室麟/祥伝社)にも、「空気を読まない強さ」がたびたび登場する。  主人公・戸田秋谷は、藩主の側室との”不義密通”の疑いをかけられ、切腹を3年後に控えた身。その秋谷のもとに、見張り役として若侍・檀野庄三郎がやってくるところから物語は始まる。  庄三郎はよくも悪くも素直な若者である。まさに空気を読まない。秋谷と話して不義密通事件に疑惑を抱くと、ところ構わず真相を聞いて回る。秋谷の妻や、当事者である元・側室にまで質問をぶつける。まるで、「なんでも聞けばいいというものではないだろう……」と周囲を苦笑いさせる若手社員のようでもある。  しかし、若者によるとんちんかんな質問も、ときに職場の飲み会を活性化させることがある。そして庄三郎の質問もときどき核心をつき、空気を読まないからこそ通る「無理筋」で、少しずつ真相へと近づいていく。  だいたい疑惑解明のため、と調査を依頼した相手がおかしい。庄三郎が頼った友人は、疑惑の人物の甥でもある水上だった。秋谷に“(その相手に)お願いできる筋合いのことではない”と釘を刺されながらも、結局、庄三郎は水上に頭を下げ、水上も引き受ける。結果、”無邪気”とも言える彼らの働きにより、事態は大きく進展する。 「トラブルに巻き込まれるかも……」とネガティブな可能性にばかり囚われていては、事態の打開など望むべくもない。プロジェクトが膠着状態に陥った時、上司が頭を抱えた時、会議が無言になったとき、思い切り良く前に出て、身勝手を演じてみる。どうしても足が前に出なければ、あらかじめ身勝手な人のそばにポジションを取り、焚きつけてしまえばいい。 <文/島影真奈美
蜩ノ記

第146回直木賞受賞

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