Nippon Television Network Kojimachi Studio / Dick Thomas Johnson
2015年4月に入社予定で、アナウンサーの内定をもらっていたのに、「銀座のクラブで働いていた」という経歴を申告しなかったことを理由に、内定を取り消されたとして東洋英和女学院大4年生の笹崎里菜さん(22)が日本テレビを相手に起こした「地位確認請求」訴訟が話題となっている。
本件では各種報道、識者等のコメントが飛び交い、場外戦も華やかに行われているが、本稿では、弁護士として、法的な観点から、予想される争点と主張を整理し、裁判の先行を考えてみたい。
(前提1)夜のバイトで内定取消? そもそも「内定」とは何か?
「内定」とは始期付解約権留保付労働契約の成立として裁判実務上考えられており、内定の時点で開始時期を将来に定めて解約権を留保しているが、労働契約自体は成立していることになる。
本件では、日テレが笹崎さんに対して内定を通知したことにより、上記条件付の労働契約が締結したと見るのが一般的だろう。
(前提2)内定取消=解約権の行使。では解約権の範囲とは!?
そうなると、本件裁判は、日テレによる内定取消は、あらかじめ留保された解約権の行使として適法か、ということを判断することになる。
ここで留保された解約権(解約事由)の内容は、採用内定 通知書や誓約書に記載された「取消事由」を参考に定められるが、この「取消事由」の記載は、例えば、「不品行」だとか「著しい背信行為」、「虚偽の申告」などの広範囲で漠然とした表現をとることが多い。
使用者側の立場で考えると比較的に広く解約権を行使できるようにも思えるが、判例では解約権の行使に客観的合理性を求めている(※1)。
「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」と限定を付しているのだ。
(本件について)笹崎さんの内定取消の合理性判断の枠組み
それでは、本件についてはどうか。
一部報道によると、笹崎さんが、かつて母親の知人が経営する銀座のクラブでホステスとして働いていたことを申告しなかったために、内定時に笹崎さんが提出した誓約書に記載された「申告に虚偽の記載があった場合」に該当することを理由として行われたという。
そこで、本件裁判では、このような「銀座のクラブで働いていたことを申告しなかったこと」を理由とする内定取消(解約権の行使)が「客観的に合理的と認められ社会通念上相当」かどうかが争われることとなるだろう。
本件取消事由に則して言えば、「笹崎さんの前記不告知の内容・程度が重大なもので、それによってアナウンサーという職種の日本テレビ従業員としての不適格性、あるいは不信犠牲が判明したか」どうかが、最大の争点になると思われる(※2)。
・笹崎さん側の予想される主張【笹崎さんの勝利シナリオ】
結局、わかりやすく言えば、この裁判で問題になるのは、日テレの女性アナウンサーという業務の性質上、笹崎さんの銀座ホステスとしてバイトした過去が、客観的、合理的に見て支障となるか、ということである。
この点、筆者は訴状を読んでいないので想像になるが、笹崎さん側からは、アナウンサーの業務を、「テレビ等において、ニュース原稿を読み、実況中継をし、あるいは番組の司会、進行等を行うこと」として、主に、具体的な業務内容の点から捉えていくと思われる。
このようにアナウンサーの業務を捉えた場合には、銀座ホステスとしての過去はほとんどアナウンサーの業務を遂行するのに支障とはならないと判断されると思われるので、この観点からは、笹崎さんの不告知は重大なものとはいえないという判断になるだろう。
仮に、テレビ放送の公共性からして、アナウンサーにも、政治的中立性や一定の人格的品位が求められると考えたとしても、銀座ホステスの過去から政治的偏向を窺うことはできないし、そのような過去により人格的品位が落ちるというのはまさに職業差別という観点から、判決で認められるようなものではない。
・日テレが乗り越えるべき壁【日テレ側の勝利シナリオ】
では、日テレに勝ち目はないのか。日テレに言えることは何もないのか。
今回の裁判で、日テレとしては、前記判断の枠組に乗ってしまうと勝ち目は相当に薄い。仮に徹底抗戦するとなれば、判断の枠組自体を変更させる必要があると思われる。
その場合、前記笹崎さんの主張に対して、日テレ側は業務の適格性を「アナウンサー」という枠組ではなく、「女子アナ」という枠組で検討すべきであるとして裁判所を説得していく可能性が浮上する。
つまり、視聴率や広告収入といった数字でしのぎを削るテレビ局にあって、「女子アナ」の価値は、技能より「イメージ」こそが重要なのは一般常識。「女子アナ」の適格性は、過去の行いまで含めた「イメージ」によって判断されるべきであり、笹崎さんの「銀座のクラブホステスのバイト」という過去は「女子アナ」に求められる「イメージ」を決定的に損ない、事実上「女子アナ」としての業務を果たせない、という論陣を張る可能性があるということである。
誤解を恐れずに言えば、これは、女子アナの雇用契約は、清純派アイドルとして新人を売りだそうと画策する芸能事務所のタレント契約と実質的には近い、という主張である。つまり「女子アナ≒アイドル」という図式をテレビ局自身が認めた上で抗弁しないとなかなか主張の組み立てが難しいと思われる。
主張の方法としては、過去、女子アナの不祥事が発覚した際の抗議の電話の数や内容、視聴率の低下率、スポンサーの離脱数等を提示し、「なんだかんだ言ったところで、『女子アナの業務』は現実には「いいイメージ」を売ることが重要であり、そのイメージが会社経営にとって重要であると説得していく道筋だ。
ただし仮に日テレ側がこう主張した場合、男女雇用機会均等法やジェンダー論など多方面に飛び火し、違う方面で炎上する可能性がある。
【結論】日テレ劣勢か! 起死回生の一手はあるのか?
筆者としては、笹崎さん側の想定される主張は、一般的な労働裁判の判断枠組にもフィットするので、裁判所に採用される可能性は高く、今回の裁判は日テレ側にとっては非常に厳しい戦いになると見ている。
日テレが「女子アナ≒アイドル」論を主張するのか、それともまったく別の論理を組み立てるのか。それに対する裁判所の判断や、どこまでやり合い、結局のところ笹崎さんの内定は復活するのか否かなど、継続的にウォッチしていきたい事案であるが、最終的には和解に終わりそうな事案でもある。
次回口頭弁論期日は2015年1月15日。場外戦も含めて続報を待ちたい。
※1 大日本印刷事件 最判S54.7.20、電電公社近畿電通局事件S55.5.30
※2 参考 日立製作所事件 横浜地判S49.6.19
<文・高崎俊(弁護士)>