最古の商業マスコット「ミシュランマン」の誕生秘話――デビュー当時はまるで怪物?

平野健児

売上2.6兆円、NASAの月面探査車にも採用の老舗タイヤメーカー

ミシュランマン

写真/Hajime NAKANO

 日本ミシュランタイヤは、売上2兆6000億円、営業利益3200億円、従業員数11万人のフランスの老舗タイヤメーカー、ミシュランの日本法人です。「三ツ星」評価のガイドブックでもお馴染みですね。2005年にブリヂストンに抜かれこそしたものの(現在は2位)日本を含め世界中で自動車、トラック・バス、建設機械・農業機械、オートバイ、飛行機、自転車などのタイヤを製造・販売しており、凄いところではNASAの月面探査車にも採用されています。

第41期決算公告:4月12日官報57頁より
当期純利益:4億800万円
利益剰余金:△63億5400万円
過去の決算情報:詳しくはこちら http://nokizal.com/company/show/id/1576151#flst

 かつて「自動車はタイヤの一部品に過ぎない」と豪語したほど、高い品質へのこだわりを持つミシュラン(ちなみにF1からはインディゲート事件やワンメイク化で撤退)ですが、その起源は1832年に設立されたゴムボールと農業用機器の工場に遡り、その後の1889年に、経営を引き継いだアンドレとエドゥアールのミシュラン兄弟の名前を冠した社名になりました。

従来の倍速を実現した、自動車用空気入りタイヤの実用化

 ミシュランがタイヤメーカーとして最初に名を上げたのは、1890年代前半に発明されたばかりの、自動車用の空気入りタイヤの実用化に成功したことです。当時、自転車用の空気入りタイヤは1888年にスコットランドの獣医師ダンロップによって実用化され、数年のうちに普及していましたが、自動車への応用は単純なものではなく、不可能とさえ言われている状況でした。

 そこに登場したのが、ミシュラン兄弟です。二人は1895年に開催されたパリとボルドーを往復する1200kmの自動車レースに、自分達の開発した空気入りタイヤを装着したプジョーで出場します。レース自体は、100回近いパンクで22本ものチューブを使い、100時間の制限時間内にはゴールできませんでした。

 しかし、その途中で優勝者の平均速度の2倍半にあたる時速61キロのスピードを出すなど、高いポテンシャルを見せつけ、翌年のパリとマルセイユ間のレースでは、大部分の車が空気入りタイヤを装着、以降普及が進んでいきます。

タイヤに変革をもたらした、世界初の市販ラジアルタイヤ

 その後もタイヤは「カーボンブラック」「すだれ織りコード」「化学/合成繊維」といったいくつもの技術革新を経て、耐久性や機能性を飛躍的に向上させていきましたが、ミシュランは1949年に、再びこれらに続くタイヤの技術革新に成功し、現在のタイヤの基礎とも言える高い完成度のタイヤを販売します。それが世界初の市販ラジアルタイヤ「ミシュランX」でした。

「ミシュランX」は、それまでのバイアスタイヤに代わって現在にまで続くタイヤの主流になる、ラジアルタイヤであったことが、革新的だったわけですが、それがどういう技術的な違いであったのか、前述の空気の有る無しに比べるとやや複雑ですが、簡単に触れておきます。

ラジアルタイヤのスタンダード化で、圧倒的競争優位に

 そもそもタイヤというものは、軟らかいゴムだけでは強度や形状を保つことが出来ないので、内部に『カーカス』というゴムの繊維のコードで出来た骨格部分を持っています(なお、このコード自体を強化した技術が前述の「すだれ織りコード」です)。

このカーカスを斜め方向に交差させるように複数重ねることで強度を上げ、それを『ブレーカー』で締め付けているのがバイアスタイヤで、シンプルな製造工程で安価に作ることができ、タイヤ全体で衝撃を吸収する構造なので、乗り心地が良いのが特長でした。(なので、現在でも一部のトラックやバス等では使用されています。)

 そして、バイアスが斜めを意味するのに対し、カーカスを進行方向に対して直角に配置し、スチールの『ベルト』で補強したのがラジアルタイヤです。横から見たときにタイヤの中心から放射状(ラジアル)にカーカスが伸びているように見えるのでそう呼ばれました。

 乗り心地こそバイアスタイヤに劣るものの、走行面を強化することで、高い耐久性や燃費、運動性能を実現したラジアルタイヤは、自動車の高速化が進む中で、急速に乗用車タイヤの主流となり(日本でも1970年代には急激にラジアル化)ミシュランも世界的タイヤメーカーへと成長しました。

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世界最古の商業マスコット、ミシュランマンことビバンダム

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