話し下手であがり症。人づきあいでの苦手意識を克服するヒントは?

人嫌い 営業なのにうまくしゃべれない。あがり症でプレゼンどころの騒ぎではない。でも、社会人ともなれば、「人見知りだから」では済まされない。自他ともに認める“しゃべり下手”はどう克服すればいいのか。

 今回は大正時代に活躍した大泥棒「目細の安」を親分とする義賊一家を描いた『初湯千両─天切り松 闇語り(三)』(浅田次郎著/集英社文庫)から、打開策を探りたい。

 本作は、二○三高地を生き延びた泥棒・虎弥の男気を活写した表題作を含む六編から成る。警察も一目置く老怪盗“天切り松”こと松蔵が、粋でいなせな泥棒たちとの過去を振り返る。

「悪党ほどネタは多いし、話もうめえもんだ」

 主人公・松蔵の巧みな話術は、留置所仲間も警官をも魅了する。しかし、松蔵曰く「七十年も娑婆と監獄を行ったり来たりしてりゃあ、牢屋話もうまくならあな」。“監獄”では誰もが退屈しており、面白い話をせがまれる。その結果が「悪党ほどネタは多いし、話もうめえもんだ」という。

 悪党ほど話が旨いのは、珍奇な経験が多いからではない。“面白い話を求められる頻度が違う”と松蔵は指摘する。要は、場数の問題なのだ。人前で話をするのが苦手なら、むしろ、人前で話す機会を増やす。すると、度胸もつくし、覚悟も決まる。堂々と話すだけで、自然と“話上手”に映るものだ。

「武勇伝なんぞするやつァ、戦をしたうちにへえるものか」

 主人公・松蔵が敬愛する兄貴分・虎弥。どうやら“二○三高地の生き残り”らしいが、戦争の話を一切しない。松蔵が「兄貴の武勇伝はいっぺんだって聞いたことがねえ」と不思議がると、虎弥は「武勇伝なんぞするやつァ、戦をしたうちにへえるものか」と、苦笑いした。

 経験が浅いほど、声高に語られる戦績を信じやすい。ビジネスの現場でも同様だ。例えば、自称“トーク上手”は口下手から見ると、まぶしく映るかもしれない。だが、現実には口下手なほうが可愛がられるケースも少なくない。仰々しい武勇伝は話半分で聞き流し、やるべき仕事に注力すれば、おのずと戦績もついてくる。

「芸のあるなしじゃあなく、おめえには苦労が足んねえ」

 主人公・松蔵は、警察署長じきじきに“説教役”を頼まれることもある。「やい、芸人。お客の笑いを取ってなんぼのてめえが、世の中の笑いものになってどうする」と叱り飛ばされたのは、大麻所持で捕まったお笑いタレント。「芸のあるなしじゃあなく、おめえには苦労が足んねえ」と、松蔵にこってり絞られる。

 思い通りに「笑わせる」のと、蔑まれて「笑われる」のはまるで違う。重要なのは“笑い”という結果ではなく、そこに至る過程だ。ここで言う“苦労”は、商談やプレゼンの事前リサーチや下準備などに置き換えられる。準備段階で汗をかくほど、アウトプットの質は高まる。

 ウィットに富んだ表現や軽妙洒脱なトークを身につけるのは大変だ。しかし、よくよく考えれば、ビジネスの現場で求められるのは、その手の“話芸”ではない。中身さえあれば、多少のつたなさは許容される。むしろ、好まれる場面も多い。磨くべきは器より、中身なのである。

<文/島影真奈美
―【仕事に効く時代小説】『初湯千両─天切り松 闇語り(三)』(浅田次郎著/集英社文庫)

<プロフィール>
しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。

天切り松 闇がたり 第三巻 初湯千両

大正義賊の活躍を描く痛快人情譚。

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