「新入社員を指導しなければ」という気負いは余計な軋轢を招く?

 新年度がはじまり、今年も新入社員が入社してくる季節がやってきた。真新しいスーツに緊張した面持ちが微笑ましいと喜んでばかりもいられない。無断欠勤にフライング退社……etc。常識知らずのトンデモ行動を繰り出す新入社員にどう対処すべきか。  今回は、幕末の木曽山中を舞台に、櫛職人の一家を描いた『櫛挽道守(くしひきちもり)』(木内昇著/集英社)からヒントを探りたい。主人公・登瀬は櫛職人の長女として生まれ、櫛職人の道を切望する。寡黙な父親、<女の道>を説く母親や妹、強引に櫛職人の地位を引き上げようと試みる夫。家族の思惑がぶつかり合い、お互いを苛立たせもすれば、励ましもする。

「なんも難しいことはねえで。ただ力んではなんね」

 主人公の父親・吾助は、名人とうたわれた櫛職人。弟子も大勢抱えている。だが、事細かな指導はしない。「慣れろ」「工夫しろ」と繰り返すだけ。しつこく質問を重ねても「なんも難しいことはねえで。ただ力んではなんね」と諭す。  力任せに削ろうとすると、木肌がムダにえぐれる。かといって、弱すぎると上滑りする。人間関係も同様だ。“新人を指導せねば”という気負いは不要な衝突を招く。大事なことほど、力まずに伝える。すると、相手も抵抗なくアドバイスに耳を傾けられるのだ。

「今日の分の櫛を挽くだけだ」

 黒船来航に桜田門外の変、皇女和宮の降嫁。幕末の激動は主人公たちが住む木曽の山奥にも伝わる。主人公夫婦は動揺するが、父親の吾助は動じない。「おらには世事はわがらね「今日の分の櫛を挽くだけだ」と告げ、いつも通り仕事に向かう。  世情に明るいことは強みにも、弱みもなる。例えば、“イマドキの若者論”は新人づきあいのヒントになるが、振り回されては元も子もない。まずは目の前の相手に向き合うのが先決。“その他大勢”ではなく、“個”として対峙する真摯さが、コミュニケーションの突破口となる。

「ほんなら、問屋を変えまひょか」

 主人公の父親・吾助が不器用な職人気質だったのに対し、夫・実幸は商才も兼ね備えていた。理不尽な櫛問屋とも正面から渡り合う。あっけらかんと「ほんなら、問屋を変えまひょか」と言い、問屋の嫌がらせを封じた。  長年に渡る問屋と職人の歪んだ関係を夫・実幸はひと言で終わらせた。制約やしがらみがあろうとも、その仕事や相手を最終的に選択したのは自分。そう腹を括ると、ストレスが軽減し、関係そのものもこじれづらくなる。  誰しも、新人だった頃がある。無知ゆえの失敗、根拠のない自信、失礼な振る舞い。決して他人ごとではないはずだ。新人を己の鏡とし、言動や振る舞いを再検証する。それが、“トンデモ中年”の格好の予防薬となる。 <文/島影真奈美 写真/Dick Thomas Johnson> ―【仕事に効く時代小説】『櫛挽道守(くしひきちもり)』(木内昇著/集英社)― <プロフィール> しまかげ・まなみ/フリーのライター&編集。モテ・非モテ問題から資産運用まで幅広いジャンルを手がける。共著に『オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典』シリーズ(扶桑社)。『定年後の暮らしとお金の基礎知識2014』(扶桑社)『レベル別冷え退治バイブル』(同)ほか、多数の書籍・ムックを手がける。12歳で司馬遼太郎の『新選組血風録』『燃えよ剣』にハマリ、全作品を読破。以来、藤沢周平に山田風太郎、岡本綺堂、隆慶一郎、浅田次郎、山本一力、宮部みゆき、朝井まかて、和田竜と新旧時代小説を読みあさる。書籍や雑誌、マンガの月間消費量は150冊以上。マンガ大賞選考委員でもある。
櫛挽道守

第9回中央公論文芸賞、第27回柴田錬三郎賞受賞作

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