超ロングセラー商品「バスクリン」を育てた創業者――明治・大正時代に「PRの天才」と呼ばれた男の経営センス

平野健児

バスクリンの起源は伝説由来の煎じ薬だった

風呂 バスクリンは入浴剤「バスクリン」で知られる、元は「漢方のツムラ」現在はアース製薬グループのメーカーです。創業は1893年、創業者の初代・津村重舎(二代目もいます)が大和(奈良県)から上京し、中将湯本舗津村順天堂を創業、日本橋に店を構えて婦人用煎じ薬「中将湯」の販売を始めたのが始まりです。なお、兄の山田安民もロート製薬の創業者です。

「中将湯」は津村の母の実家に代々伝わっていた、能や浄瑠璃に演じられてきた「中将姫」に由来する婦人病の妙薬でしたが、当時、文明開化の名の下に伝統文化が否定され、西洋の物なら何でも素晴らしいという風潮が反省期に入って、日本古来のものの再評価が進んでいたこともあり、ヒット商品となります。

 また「中将湯」自体も、現在も販売される超ロングセラー商品となるほどの実力を持っている商品でしたが、その販売力を高めたのが、重舎のビジネスセンスでした。重舎は創業後20日も経たないうちに、いきなり郵便報知新聞に紙面6段中4段を占める広告を行っています。その内容も「御婦人方へ」と題して、中将姫を中心に置いて目を引く構図と産婦人科名医達の証明を掲げ、販売店を全国に紹介するよく出来たものでした。


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天才的な宣伝戦略、その内容とは?

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