誰もが陥るショーンK症候群の落とし穴と処方箋

【山口博[連載コラム・分解スキル・反復演習が人生を変える]第1回】

ショーン・マクアードル川上氏ホームページ

ショーン・マクアードル川上氏ホームページより

 ショーンK氏の学歴詐称問題がおさまらない。他の著名人に飛び火し、著名人のプロフィールチェック騒動を巻き起こしている。実はこの問題、私には、ショーンK氏だけでなく、著名人でなくとも、私たちのまわりに潜んでいる、誰もが陥りかねない罠にはまってしまった結果にみえる。そして、その罠に陥ってしまうかどうかは紙一重で、あるパーツスキルをどの程度有しているかにかかっているのだ。

ブラジル大学の学部留学が米国大学修士に!?

 具体的な例をあげて、お話ししよう。私自身がその罠にはまりかけた事例である。私は国内大学法学部とサンパウロ大学法学部との間の学術交流協定に基づく交換学生として、国内大学の第三学年に在籍した身分のまま、1983年4月から1984年3月の1年間にサンパウロ大学法学部へ留学し、学部の教科単位を18単位取得した。これが事実だ。

 顛末はこうだ。ある海外企業へ転職しないかというお誘いを、人材紹介会社からいただいた。人材紹介会社は、候補者が提出したレジメに加えて、候補者からのヒアリングもふまえて、新たなレジメを作成する。私はレジメに、事実に基づき、国内大学入学1981年、同卒業1986年、Sao Paulo University留学開始1983年、留学終了1984年と書いた。これが、国内の人材紹介会社内の候補者担当や企業担当、海外の採用企業の人事や面接担当者といった多くの当事者の手プロセスを経る中で、面接担当者には、米国西海岸のSao Paulo Universityの修士学位取得と伝わっていたのだ。

 面接の際に、「米国の大学へ留学したのですね」→「ブラジルの大学へ留学しました」、「何の分野の修士ですか?」→「修士学位は取得していません。学部の教科単位を取得しました」と話がかみ合わないことで、誤解が生じていることが発覚した。

 後に判明したことともふまえると、多くのプロセスを経る中で、次のような伝言ゲームのような作用が働いたのではないかと私には思える。

「留学といえば米国だろう」(当時、ブラジル留学者は極少数だったし、両大学間では最初の留学生だった)

「Sao Paulo Universityというような大学が西海岸にあったな」、「1983年から1984年というと2年だから、修士課程だろう」(私は1983年4月から84年3月の1年間とレジメに詳細を書くべきだった)

「18単位取得とあるから修了しているのだろう。少ないような気もするが、海外大学はそのようなものかもしれぬ」

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私大出が東大出に!?

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