トランプを押し上げた「NYで消されたクリスマス」現象

 もちろん、アメリカの新聞の中にも、「ハッピー・ホリディズ」なんて言わないで、「メリー・クリスマス」という言葉をそれぞれの宗教の人々が微笑で迎えるような多様性や寛容性があってもいいんではないか、という論調もあるが、それは少数意見である。  クリスマスツリーを飾るのも、「果たしてこのアパートメントでは、いいんだろうか? ここにはイスラム教の人もいるんじゃないか? それは宗教の押し付けになるんじゃないか?」と気兼ねする不思議な風潮。  今まで無邪気に謳歌してきた楽しい行事が、「多様な」という価値観にがんじがらめに覆われてしまった。  多様な価値観を認めようとするあまり、大切な価値観にふたをしてしまう、あるいは元々ある伝統的な価値観は古いと葬ってしまう社会の動きに潜む「非寛容さ」。これこそが、今のアメリカ社会を窮屈にしているのではないだろうか。 「多様な価値観を認めよう」という考え方そのものが、実は多様な宗教観や価値観、多様な楽しみ、生き方、そういうものを逆に縛る一神教的な教義となってしまっているのだ。このような現象は今の日本でも同じように見られることである。  少数意見は尊重されなければならない。それは、成熟した社会の一つのベクトルだろう。しかし、一方で多数意見や曲げるべきではない常識、伝統も尊重されるべきものではないだろうか。 「メリー・クリスマス!」と幸せそうに声を掛け合った街角の風景は、進行する多様性に満ちた社会では、すでに懐かしい幻となりつつあるのかもしれない。  だからこそ、このような風潮が昔の無邪気でそれでいて強かったアメリカに対する、国民のノスタルジーを呼び起こし、トランプ候補への追い風となっているのではないだろうか。 「公正で中立的なバカ」  少々過激なその一句を思い出した時、メリー・クリスマスが消えた五番街で感じた、非寛容さに対する怖さが湧き上がった。 【佐藤芳直(さとうよしなお)】 S・Yワークス代表取締役。1958年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、船井総合研究所に入社。以降、コンサルティングの第一線で活躍し、多くの一流企業を生み出した。2006年同社常務取締役を退任、株式会社S・Yワークスを創業。著書に『日本はこうして世界から信頼される国となった』『役割 なぜ、人は働くのか』(以上、プレジデント社)、『一流になりなさい。それには一流だと思い込むことだ。 舩井幸雄の60の言葉』(マガジンハウス)ほか。 <写真/Michael Vadon
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