天ヶ瀬ダムでは、調整力を高める工事が進んでいた(2016年2月25日)
知事の決断を促した知見がもう一つあった。京都府が主催した中川博次・京都大学名誉教授らによる「技術検討会」である。2008年、淀川水系の天ヶ瀬ダムの調整力を高めれば、その上流にある大戸川ダム計画の治水容量を賄えると意見した。同検討会は「代替案の検証が滋賀県において実施される」から「その結果を尊重する」とも明記した。
それから8年が経過。今、天ヶ瀬ダムでは、着々と調整流量を増やすためのバイパス工事が進んでいる。
滋賀県では嘉田由紀子・元知事が2014年に流域治水推進条例を成立させた。住民へのリスク情報の開示を肝として、流域で洪水被害を低減する条例だ。「国交省は川の外に出られないが、自治体は横串をさせる」との理念を現・三日月大造知事にも引き継いだ。同県では今、ダム計画の下流域での綿密な調査をもとに、川幅の拡幅や河川掘削工事を行っている真っ最中だ。
こうした経緯と事情を知り尽くしている国交省近畿地方整備局が、ダム検証の場で、なぜ「大戸川ダム案は有利」との案を出したのか。
いったい8年前と何が変わったのか。尋ねると、担当河川計画課長補佐からは意外な公式見解が返ってきた。
「(8年前と)変わっていない。3知事の意見を受け止めて作った現在の河川整備計画は、変更しない。整備計画では、大戸川ダムは、『上下流の河川改修と整合を図りながら順次、整備する』となっていた。ただし、『実施時期を検討する』と。しかし、検討する状況ではない。ダム検証は全国的にやっているもので、淀川の整備計画とは関係がない」
……わかりにくい官僚回答だが、普通の言葉で言えばこういう意味になる。
「『大戸川ダムは緊急性がない』との知事意見をもとに『実施時期を検討する』と計画には書き込んだ。今はその時期ではないが、ダム検証のやり方に沿えば『代替案と比べてダム案が有利』というのに変わりはない」
この玉虫色の見解について、嘉田元知事は、「『ダム建設』という手段が目的化し、『被害の最小化』という本来の防災対策の原点に立っていない」と批判。先述の宮本さんは「そんなこと言うてね、これで『ダム案が有利』という結論だけが残れば、過去のことを知らない知事が出てきたときに復活するんですよ」と警告する。
河川工学者の
今本博健・京都大学名誉教授は「大戸川ダムに効果があるとする論拠は、『淀川水系流域委員会』と『京都府技術検討会』によって崩された。速やかに中止すべきだ」と復活に猛反対だ。
取材・文・撮影/まさのあつこ(ジャーナリスト)