秋田書店は昭和ベンチャーの象徴――手塚治虫を復活させた『少年チャンピオン』の創刊秘話

平野健児

伝説の編集長と元神様の復活劇から始まった「チャンピオン」の進撃

 この厳しい戦況下で、1972年に2代目の編集長に就任したのが、「カベさん」で有名な伝説の編集者、壁村耐三でした。壁村は就任早々、横山光輝の「バビル2世」以外の連載を一新、原則として全作品を読み切り形式とし、クライマックスを各回に要求、その上で人気が出たものを連載継続とするという誌面改革を断行します。  また、他誌から、水島新司、山上たつひこ、石井いさみ、鴨川つばめといった力のある作家を引き抜く一方で、山上の「がきデカ」や鴨川の「マカロニほうれん荘」がきわどい下ネタや破壊的なギャグを連発して、読者の父兄や会社の幹部からひんしゅくを買っても、無視して連載を続行させる度量も見せています。  そして、こういった改革や施策の中で、最大のエピソードが「漫画の神様」手塚治虫の再生です。当時の手塚は、1960年代から台頭した劇画ブームの影響もあり、漫画家として読者に受け入れられる作品を生み出せず、引退寸前でした。その上、経営していたアニメ制作の虫プロが倒産、多額の借金を抱えて、自宅の売却も余儀なくされる状況でした。今でいうオワコン&詰んだ状態ですね。  その手塚が引退をかけて、選んだテーマが「医療」でした。編集部内でも「既に過去の漫画家が、少年誌で大人が主人公の医療をテーマにした作品を書いて受けるはずがない」と大反対だったようですが、壁村は手塚にも、得意の長編ではなく上記の1話完結ルールを適用することを条件に、周りを「先生の最後を看取ってやらないか」といって説得し、チャンスを与えました。  与えられたチャンスは、僅か3週だったとも言われてますが、そのチャンスに全てを賭けた「元神様」は周辺の予想を覆し「ブラック・ジャック」を大ヒットさせ、同作品は「チャンピオン」の看板作品として君臨、これを機に手塚も後期の手塚漫画を構築、起死回生の復活劇を成し遂げます。

王者「ジャンプ」をあと一歩まで追い詰めた「チャンピオン」の挑戦

 こうして、壁村の剛腕の元、生まれ変わった「チャンピオン」はどんどん部数を伸ばすとなんと「サンデー」「マガジン」を抜き去り、1978年には遂に王者「ジャンプ」を捉えます。当時の両_誌の代表的な連載作品を挙げると下記の感じです。 【チャンピオン】 「ブラック・ジャック(手塚治虫)」 「ドカベン(水島新司)」 「がきデカ(山上たつひこ)」 「750ライダー(石井いさみ)」 「マカロニほうれん荘(鴨川つばめ)」 【ジャンプ】 「リングにかけろ(車田正美)」 「ドーベルマン刑事(平松伸二)」 「コブラ(寺沢武一)」 「東大一直線(小林よしのり)」 「こちら葛飾区亀有公園前派出所(秋元治)」  この年の発行部数は「チャンピオン」が205万部、「ジャンプ」が210万部となっていますが、実売数では「チャンピオン」が上回っていたとも言われており、いずれにしろ、中堅出版社の弱小後発週刊漫画雑誌の追い上げとしては驚異的だったのは間違いないです。  ちなみに当時「チャンピオン」では、上記でも触れた山上たつひこの「がきデカ」が大人気でしたが、「ジャンプ」でもその名も「山止たつひこ」と名乗る新人が、カウンターのように粗暴な性格の警官が主人公のギャグ漫画の連載をスタートさせています。この作品こそが「こち亀」であり「山止たつひこ」は本家からクレームを受けて、途中から本名の「秋本治」に変更されたわけです。この一件を見ても、当時の王者「ジャンプ」の「チャンピオン」の勢いへの危機感を感じますね。

黄金時代が去った後は4位に逆戻りしたものの、しぶとく生き残る

 翌年も発行部数を250万部まで伸ばし、王者「ジャンプ」とほぼ互角の戦いを繰り広げた「チャンピオン」でしたが、1981年壁村が体調を崩し、編集長を辞任すると、誌面のマンネリ化や人気連載作品からの引継ぎが上手くいかなかったこともあり、あっという間に200万を割り込みます。  その後も部数の下落傾向は続き、1985年には壁村も編集長に復帰したり、現在でも幾つかの人気作品は出ていますが、その傾向を止めるには至らず、地力を発揮する「ジャンプ」「マガジン」「サンデー」には再び水を開けられ4位に逆戻り、近年では衝撃的な打ち切り方プレゼント水増しの不祥事の方が話題になることもありました。 第75期決算公告:2月26日官報90頁より 当期純利益:40億267万円 利益剰余金:121億547万円  しかし、今回の決算では、集英社講談社小学館と比較しても引けを取らない利益を記録しているようです。イレギュラーな利益である可能性もありますが、出版不況の中、黄金時代よ再び、とまではいかなくとも是非頑張って欲しいです。  最後に、「ブラック・ジャック」で見事な復活を遂げて、その後も精力的に仕事に取り組んでいた手塚でしたが、残念ながら1989年に60歳でこの世を去ります。また、壁村も1993年頃から再び体調を崩し、1998年に64歳で亡くなっています。  その二人は、病床でよくうわごとのように、手塚が「頼むから仕事をさせてくれ」壁村が「締め切りは間に合うか?」とつぶやいていたそうです。自分たちの何倍もの力を持つ大手の出版社を向こうに回して、短い間だったとはいえ、見事に互角以上の戦いを繰り広げた「伝説の編集者」と「漫画の神様」にふさわしい仕事の熱量を感じさせるエピソードだと思います。 決算数字の留意事項 基本的に、当期純利益はその期の最終的な損益を、利益剰余金はその期までの累積黒字額or赤字額を示しています。ただし、当期純利益だけでは広告や設備等への投資状況や突発的な損益発生等の個別状況までは把握できないことがあります。また、利益剰余金に関しても、資本金に組み入れることも可能なので、それが少ないorマイナス=良くない状況、とはならないケースもありますので、企業の経営状況の判断基準の一つとしてご利用下さい。 【平野健児(ひらのけんじ)】 1980年京都生まれ、神戸大学文学部日本史科卒。新卒でWeb広告営業を経験後、Webを中心とした新規事業の立ち上げ請負業務で独立。WebサイトM&Aの『SiteStock』や無料家計簿アプリ『ReceReco』他、多数の新規事業の立ち上げ、運営に携わる。現在は株式会社Plainworksを創業、全国の企業情報(全上場企業3600社、非上場企業25000社以上の業績情報含む)を無料&会員登録不要で提供する、ビジネスマンや就活生向けのカジュアルな企業情報ダッシュボードアプリ『NOKIZAL(ノキザル)』を立ち上げ、運営中。
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