本田哲也×田端信太郎 著「広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
売れに売れている。
ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長で戦略PRプランナーの本田哲也氏と、LINE株式会社上級執行役員(法人ビジネス担当)の田端信太郎という、マーケティングやPRの領域で辣腕をふるう、フロントランナー2人による共著。7月末の発売から2カ月弱で、6刷5万部という好調ぶりだ。注目本の一冊として、ビジネス書コーナーなどで平積みや面陳列している書店も数多い。
近年のビジネス書でよく見受けられる、極端な言い回しで興味を引かせる煽り系タイトルではある。率直なところ「あー、またか」と、タイトルの響きに若干萎えた。が、その中身は思いのほか誠実で、現実的で、地に足が付いている。なるほど、と膝を打ちながら読み進めることができた。書中で本田氏が指摘しているように「(これまでのように)広告やメディア(だけ)で(たくさんの)人を動かそうとするのはもうあきらめなさい。」と読むのが、本書のタイトルの正しい解釈といえそうだ。
ソーシャルメディアマーケティング、アンバサダーマーケティングなど、マーケティング業界で次々と生み出される新しい概念。それらに踊らされてしまうことへの田端氏の問題提起から、この本は始まる。
そうした「流行」に影響されて「ソーシャルメディアでクチコミ(バズ)を起こし、たくさんの人に自社の製品やサービスを知ってもらいたい」「ネット、テレビ、新聞、交通広告や店頭広告を組み合わせて(クロスメディアで)、多角的、多重的にメッセージを消費者にリーチさせたい」と軽々しく考えてしまう向きに対して、そうした認識と現実のズレを丹念に解説してくれる。
細かな指摘についてはぜひ本書を手に取って確認していただきたいが、すべての言説に通底するのは「主導権を持つのは『受け手』」である、という考え方だ。
次のような一節がある。
< 現代の生活者は、朝起きてから夜寝るまでの間、メディアを通じて、膨大な情報量をシャワーのように浴びせ続けられる状態になっている。
(中略)このような「情報爆発」時代においては、コミュニケーションが成立するかどうかの決定権は、発信者サイドではなく、情報を受信する側、つまり一般の生活者サイドへと完全に移行している。
コミュニケーションの決定権は、今や完全に情報の「受け手」である消費者が握っているのだ。>
イニシアティブが消費者(ユーザー)に移ったということは、つまり、これまでメディアに影響されて、企業やメディアの思惑に沿って踊らされていた消費者が、踊ってくれなくなった、ということ。大メディアや企業から醸される、ある種、“上から目線”のような傲慢さや、“大本営発表”的な印象操作の気持ち悪さを消費者が敏感に感じ取り、仕掛けに乗って素直に踊ってくれなくなったわけだ。
そうした大前提を踏まえながら、本書では、情報の発信側が情報の受け手を動かすための基本的な考え方を、1000人、1万人、10万人、100万人、1000万人、1億人、10億人というスケール単位で解説してくれる。それぞれにケーススタディを挙げながら、本田氏と田端氏の対談形式で、ざっくばらんに言説が展開されていくので、無理なく読み進められるだろう。
本書の魅力は、広告やメディアを巡る議論の現実的な考察と、事例をもとにしたわかりやすい施策のヒントなどだけではない。全編に溢れている、「ちゃんと理解してもらおう」「わかりやすく伝えよう」という、読者への心づかいが、とにかく好印象なのだ。
広告界隈、マーケティング界隈から発信される新しい概念や、それらに関連した論考に触れたとき、えも言われぬ胡散臭さや、煙に巻かれたような“置いてきぼり感”をおぼえてしまうことが(個人的には)少なくない。屋上屋を架すような、もってまわった小難しい言い回しや、アルファベット3文字みたいな専門用語で言い包められてしまう感覚とでも言おうか。発言者によっては、「え、そんなことも知らないんですか!?」とどこか居丈高だったり、同じムラの中だけで通じる術語をこねくり回して排他的な印象を放つようなケースもないわけではない。
この本からは、そうしたザラつきがあまり感じられないのだ。基本的には、平易に、わかりやすくまとめることに軸足を置いている印象。素人でも「へぇ~」と感心しながら、面白く読み進めることができる。
そもそも本書は、専門書や実務書ではない。現状を冷静に概観し、身の丈レベルから問題提起し、安直な既成概念に寄りかかりすぎる姿勢に警句を与える本といえる。いわば“プチ雑学&ゆるオピニオン”本だ(もちろん、だから内容が適当とか、論考が甘いというわけでは断じてない)。
そうした側面が、いわゆるうるさがたの専門家衆やら、小難しそうに小理屈をこねることでビジネスをしている層からすると、不穏に映るのかもしれない。発売から2カ月。ネット上では本書に関するさまざまな書評やミニレビューを見つけることができるが、「稚拙」「拙速」「一面的」「感覚的に喋りすぎ」「上っ面だけの話になりすぎている」といった(主に著者の同業界隈と思しき御仁からの)批判も散見される。一方で、共感や賛同を示す意見のほうが、ネットで見るかぎりは多数派のよう。まあ、それが本書の評価を端的に示しているのかもしれない。
少なくとも、現代を生きるビジネスパーソンであればぜひ持っておきたい「既成概念への疑問」であるとか「既得権益層を切り崩していく姿勢」といった視点を磨くために、本書は非常に有効な一助となるはずだ。
<文/漆原直行>