愛知県豊田市で、無農薬・無肥料のイチゴ栽培を続ける自然栽培農家・野中慎吾氏は「有機栽培では、どんなに控えめに肥料を使ってもチッソ過多になりやすい」と語る
甲信越地方で野菜などの無肥料栽培を続ける農家はこう話す。
「農薬の危険性は注目されやすいが、肥料への関心は非常に薄い。出所のわからない生ゴミや食品廃棄物、家畜の糞尿、家畜の飼育に使われた抗生物質などのクスリなど、健康被害を引き起こす恐れのある物質が肥料に形を変えてまかれ、土壌に蓄積していく。地下水を汚染する恐れも強い。
規模からすると、農薬よりも肥料のほうが怖い。同じ畑で同じ野菜を作り続けた結果、病原菌が大量発生する『連作障害』は、実は施肥障害なんですよ。不必要な養分が土壌にたまって偏った結果です。本当は逆で、連作することによってその作物にあった土壌微生物が棲みつき、収量は上がるんです」
さらに、人間の健康への影響についても口にした。
「“虫が食べるから安全”なんてことはない。それは、虫たちが好きなチッソ分が多い野菜だったってことなんです。残留チッソの値が高いってことで、食べた人の健康を損なう恐れもあるんですよ。『ブルーベイビー症候群』といって、硝酸態チッソ値の高いホウレン草を離乳食として食べた乳児の突然死が米国で相次ぎました。硝酸態チッソが赤血球の働きを妨げて呼吸困難を引き起こすとのことで、1960年代に社会問題になったんです」
硝酸態チッソの値は計測器で簡単に測れる。規制値を設けるEU諸国では2500ppmを超えると出荷できなくなる。硝酸態チッソの摂取量をいかに減らすかが問題だ。
飲料水を地下水に依存する国の多いEU諸国は、いち早くこの問題に着手した。1991年に農業起源の硝酸によって地表水および地下水が汚染・富栄養化されるのを削減・防止することを目的とした「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令」を公布し、排出削減に取り組んでいる。畜産国デンマークでは1年のうち半年間、畑に家畜の糞尿をまくことが禁止され、オランダでは飼育できる家畜の頭数を制限しているほどだ。
日本では、この問題は手つかず状態だ。農薬に関しては「農薬取締法」で使用量などが厳しく規制されているが、肥料の使用量については規制がないのだ。もちろん国による硝酸態チッソ値の基準もない。「充分な医学的知見が得られていない」というのが主な理由だ。
試しに、鶏糞の入った有機肥料で栽培した野菜を測ったところ、7000~9000ppmもあった。皮肉なことに、成分のはっきりしている化学肥料よりも、はっきりしていない有機肥料の方がチッソ過多になりやすい。「有機農産物」だからといって必ずしも安全・安心とはいえないのだ。
取材・文・写真/田中裕司(ノンフィクションライター。著書に
『希望のイチゴ~最難関の無農薬・無肥料栽培に挑む~』など)