メキシコ麻薬カルテルの王、エル・チャポ逮捕。しかしその影響力は強い

自らの人生を映画化しようとした麻薬王

 かくして、エル・チャポの名声は上がった。そして2014年に2回目の逮捕となった時に、彼は自ら歩んだ過程を本にまとめ、また映画化も試みたい気持ちになったようだ。彼自身の社会に与える悪人のイメージを一掃させたくなったらしい。  彼のこの願望を実現させる切っ掛けは2012年に既に生まれていた。メキシコのテレビのメロドラマ女優ケイト・デ・カスティーリョが「今日、エル・チャポ・グスマンの方が政府(の政治家)よりも信じられる」とツイッターに書いたのを彼が知ったのだ。彼女のツイートを知ったエル・チャポは、2014年に彼が刑務所に収監されていた時に、その望みを実現させるべく、彼女にそれを依頼することを考えたらしい。早速、彼の顧問弁護士が彼女に接触。そして本の著作と映画の作成を依頼したという。そして、彼が刑務所を脱走する時には、既にその報酬と撮影プログラムは双方で合意に至っていたという。(参照:「El Mundo」)。  エル・チャポが脱走してゴールド・トライアングルという三角形を形づくる広域の地域に彼が隠れているということは、彼の行方を捜査している当局では薄々想像していたという。何故なら、この地域では彼を裏切れば、彼からの報復があることを恐れて警察に密告する者は誰もいないとエル・チャポは知っていたからだ。しかし、彼を護衛するチームは女優カスティーリョとの数度にわたる会見を捜査当局が感知するのを警戒して、彼にその中断を求めたという。しかし、彼は自分の夢を実現させたいという願望からそれを無視。前出の「El Mundo」の記事によれば、〈丁度その時期に彼女を通じてハリウッドスターのショーン・ペンとの7時間に及ぶ会見が実現した〉のである。〈雑誌「ローリング・ストーン」にそれを掲載する〉のが目的だった。エル・チャポにとってはこの会見も彼の悪人としてのイメージを変えることに役立つと考えたようである。会見の中で彼が言った内容に次のような発言がある。〈「麻薬は人を破壊するのは正解だ。しかし、お金を稼ぐにはそれしか選択肢はなかった」〉〈「麻薬が尽きることはない。何故なら、それを欲しがる人はこれからも増えて行くからだ」〉。  昨年10月にも捜査当局が彼を捕まえる寸前であったという。しかし、〈その時、彼は二人の女性とひとりの子どもと一緒にいた為に、彼等を負傷させてはいけないと判断して彼を捕まえることを断念した〉という。今回の彼の逮捕には海兵隊と連邦警察が参加した。  逮捕の報を知った米国政府は早速彼の米国への送還をメキシコ政府に要請したという。ペーニャ・ニエト大統領は米国政府の要請を直ぐに受け入れることは国民の前にメキシコ政府の弱みを見せることになるとして、それを容易に受け入れる姿勢はないであろうと推測されている。カルデロン前大統領に仕えた安全保障担当専門家ゲレロ氏によると、〈米国からの圧力は相当に強い。しかし、少なくとも6か月はメキシコに留まることになるであろう〉と指摘している。そして同氏は〈ここで政治力が影響することになる〉という。ペーニャ・ニエト大統領は米国からの要請には〈カルデロン前大統領の時に比べ高慢だと米国側では受け止められている〉という。米国からの要請を素直に受け入れないからである。しかし、米国からの執拗なる要請の前に〈昨年10月には危険性が高いとされる犯罪者を一度に13人も米国に送還した〉という出来事もあったという。(参照「El Pais」)。  今回のエル・チャポの逮捕でも、当初彼は手錠さえかけられなかったために、いろいろな憶測が飛んでいる。憶測はさておき、このことは彼の影響力があらゆるところに及んでいることの証に他ならないのだ。 <文/白石和幸> しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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