消える大連110年の“老街”。再開発の波は大連の歴史的建造物も飲み込んでいく【フォトリポート】

東関街を走り抜ける戦前タイプの路面電車。まるで映画の1シーン

 110年の歴史を誇る”老街”から灯りが消えたのは11月23日の大気汚染で視界が悪かった深夜2時だった。大量の公安がテキパキと指示を出し、住人を誘導するように大引っ越し作戦が始まった。  大連駅から1kmほど西にある東関街は、戦前の日本時代には、満人街とも呼ばれ栄えた街だった。その始まりは1905年(明治38)に大連市南山エリアの再開発にともない移転先として市街地の形成が始まる。1908年(明治41)には、約1200戸、数万人が暮らし、1930年代の最盛期には12万人ほどが暮らしていたという。  往時には、大連初の写真館「華春照相館」や薬店「康德記」大連支店、洋食屋「日新飯店」など有名店が軒を連ねていた。  また、1917年(大正6)には、満鉄病院の職員として大連を訪れた孟天成が、この街の人達のために医療で尽くしたいと博愛医院を設立。現在は、大連市第二病院となっている。  公安の発表によれば、今回の再開発の範囲は、建築面積11万平方m、対象は936戸、流動人口2005人となる。現在は、青い鉄板で覆われて建物内へ入れないようになっており、閑散とした路地を公安が定期巡回している。

かつての「日本」を感じさせる大連の老街

昔の香港映画を思い出すような階段がある中は共有の中庭になっている

 古い建物が数多く残る東関街を初めて見るとスラムのように思えてしまうが、中国には、フィリピンやタイのようなスラムは少ない。特に治安が悪いわけでなく、住んでいる人が決して貧しいわけでもない。タクシーの運転手から聞いた話では、「彼らは平均並みの収入があり、家賃を節約するために東関街に住んでいる人が多い」そうだ。また、中国では、中国版ゴーストタウン「鬼城」が有名だが、そうしたゴーストタウンとも違う。東関街には多くの人が普通に生活をしていた。  戦前、満人街と呼ばれたこの街には山東省出身者が多く住んでいたと伝えられる。近年では、南京近くの河南省出身者が多くいたようだ。時折、この街の人達が話す言葉がさっぱり聞き取れないことがあるのは、彼らが方言で話していたためだろう。  スラムのようでスラムはないが、問題もあった。不法滞在者が少なくなかったという点だ。中には家賃も払わずに住み続ける者などもいたようだ。その理由は、大連が日本の外地関東州大連であった戦前に所有していた人間が終戦とともに大連を去ったり、進軍してきたソ連軍に没収されたりで所有者不明となり、その建物へ大連の外からやってきた人間が住み着いた歴史があるからだ。大連市としては管理上問題があったのは事実だ。  大連には戦前の名残を感じさせる老街が複数残っている。2010年にオリンピック広場近くの日本家屋群の取り壊しは、日本でもニュースで報じられた。当時、東京銀座よりも先進的だと称された1937年(昭和12)オープンの旧連鎖街や桃源街の日本家屋群は、戦後70年を経てもなお、大連駅前に残されている。

公安の監視下で一斉に退去が行われた

青い鉄板で封鎖された東関街を巡回するパトカー

 今回の”追い出し作業”は、公安が見守るような形で実施された。2週間ほど前から少しずつ退去が始まり、大退去当日の数日前から一帯を取り囲むように24時間待機するパトカーは、日本より眩しい赤色灯を終始回し続け、消防車も数台待機する物々しい雰囲気だった。  大退去が始まった23日後も1週間以上、パトカーは待機を続け、公安の巡回も行われていた。待機していた公安に何のために待機しているのかと尋ねると、放火と犯罪防止のためと答えた。中には退去に反対する住人もいて放火なども考えられたのでそれに対する備えだったようだ。大連の地元マスコミでは、空き家を使っての麻薬取引も行われたと報じられていた。  中国では公安は権力者で日本の警察よりも怖いイメージがあり、同時に不正なども度々報じられるため評判もよくない。しかし、今回は、ちょっと違った公安の姿を見ることができた。  引っ越しにともない大量の瓦礫やごみが道をふさいだ。それらの瓦礫は放火の格好のターゲットにと考えたのだろうか深夜に通ると公安自ら瓦礫の撤去作業をしていた。また、公安が巡回する中、カメラを持って撮影しても注意されることもない。中国の公安の変化を感じさせてくれる。  まさに全公安、どの派出所にも大きく書かれている毛沢東の言葉「為人民服務(人民のための尽くせ)」を実践し、国民に身近な公安をアピールしているのかもしれない。そんな新しい公安像を外国人ながら感じることができた。

歴史的建造物を壊し、中国もまた再開発の波に飲まれる

 大連はかつて満州国ではなく、日本だった関係で、年配者を中心に大連に親近感を持つ日本人は少なくない。日本人としては、日本時代の建物が消滅していくのは、寂しく感じるものだ。これは、日本人が一方的に抱くノスタルジーと言えるが、大連にとっては次への発展の足枷となっていることも事実だろう。

通りに面した建物はその地区の象徴なのか立派な欧風建築が多い

 日本も高度成長期に古い建物を壊して新しい建物を作り発展したので、経済発展で起こる過程の1つと言える。実際、東京も大阪も神社仏閣などを除けば100年前の民家や商店などあまり見かけることができない(日本の都市は空襲の影響もあるが)。  住民が追い出されて空っぽになった東関街は、大連から世界企業へと飛躍し続けている万達(ワンダ)グループが再開発するという。  活かすか、それとも一から作り直すのか。  中低成長時代を迎えようとしている中国は、古いものをリノベーションして、魅力ある観光地にすることはできないだろうか。特に大連は歴史が浅いため、歴史的な観光地や史跡資源が乏しい。しかしながら、帝政ロシアが大連で最初に切り開いた行政街に隣接する1895年代建築で東関街と同じような状態だった大連最古にしてドイツ人設計の住宅群は、リノベーションして戸建てのホテルやレストランとして蘇っている。  リノベーションを…と、願ってしまうのも日本人の届かない片思いのような大連に対するノスタルジーなのだが。 ⇒【画像】はコチラ https://hbol.jp/?attachment_id=71745 <取材・文・撮影/我妻伊都>
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