TPPで苦境に立たされた農業を開花ホルモン研究が救う?

 TPPの大筋合意を受け、壊滅的打撃を受けるとも喧伝される国内農業。デメリットであるのかメリットであるのか、議論は分かれるところだが、やはり日本の場合、道を切り開くのは科学技術なのかもしれない。  植物科学で長い間、最大の謎とされてきた植物ホルモンがある。名前は「フロリゲン」。花成の開花を促すスイッチのようなもので、植物や食物の生産の時期を自在にコントロールすることができる、言わば現代の夢のような「花咲かホルモン」だ。フロリゲンの存在は、およそ80年前からロシアの植物科学者が提唱していたが、誰も発見できずにいた。しかし2007年、日本とドイツの研究グループが世界で初めてフロリゲンの発見に成功した。木原生物学研究所(横浜市立大学)の辻寛之講師のグループはこの研究に参画し、そして現在この発見をさらに発展させている。
フロリゲン

緑色に光っているのがフロリゲン

「フロリゲンは花芽を作るスイッチとして働く植物ホルモンです。調べたすべての被子植物において花芽をつけます。植物の開花を自在にコントロールすることで、決めた時期に花を咲かせることも可能です。フロリゲンの分布や遺伝子の活性化を操作して、農産物の大幅な増収なども期待できます」(辻氏)  まさに夢のような研究だ。  実験にはイネを用いた。研究は、イネの花成を促成する遺伝子に、緑色の蛍光を発して目印となる発光タンパク質の遺伝子を融合させたうえ、茎や葉の、内部で栄養分が移動する通り道である「維管束」という部分で動くような性質を持たせた合成遺伝子を作り、イネに導入した。この研究によってフロリゲンを発見し、フロリゲンがイネの茎の先端に伝わって広がる様子の精密な撮影にも世界で初めて成功している。

辻寛之講師

「フロリゲンの応用で、植物の開花の時期を自由にコントロールするフロリゲンの分布や遺伝子の活性化を操作できれば、農産物の大幅な増収なども期待できます。また、花だけではなく、ジャガイモや玉ネギなどの農業上重要な植物器官を作らせる機能を持つことが明らかにされています。フロリゲンとジャガイモ、玉ネギとの関係とはどういったものなのか。開花のみならず、植物器官を作らせるということが可能ということです。将来的にはフロリゲンの分布や機能を制御することで開花の時期をコントロールしたり、葉や茎を巨大化して生産を効率化し、農作物の開花期安定化による植物増産などへの応用が考えられます」(辻氏)  主な実験例はイネ、シロイヌナズナ、トマト、キク、ジャガイモ、玉ネギなどにも成功している。  これまでの研究から、茎の先端で働くフロリゲンの受容体も発見しており、様々なタンパク質が同時に受容体に入る効果で、枝をつくるなど開花以外の様々な機能を発揮させられると考えられている。 「またフロリゲンは品種改良の研究でも応用できます。例えばとてもいい親花がいて別の親がいます。掛け合わせれば最高ですが、往々にして花の咲く時期がずれてしまします。それをフロリゲンを使って同じタイミングで咲かすように交配をコントロールすることで新種の品種を作ることも考えられます」(辻氏)  現在、辻氏らによるフロリゲンに関する研究の世界最先端の位置にある。 「私たちの研究は世界最先端にあります。今後は、花を咲かせるフロリゲンの働きを全て明らかにしたい。今後は様々な発見を発表することで、企業や農業試験場でも自分たちの扱っている作物でどう応用するか考えると思います。大学はもっとも基礎になる発見をして役に立つことができればいいと思います」(辻氏)  現在、日米の両政府によってTPP交渉が進行しつつある。TTPの合意によって安価な輸入食料が増えれば、当面、国内農業は苦境に陥るだろう。また、食料自給率も40%から14%程度にまで下がるとも言われている。国内農業へのダメージは図りしれない。しかし、TPP合意で安価な輸入食料が大幅に増えても、フロリゲンの応用で、農業生産を計画的に行えるようになれば、高品質かつ大幅な増産も見込める。今後の技術革新に期待を持ちたい。<取材・文/後藤幹次郎>
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