ライブハウスで耳栓販売!? 異色のキャンペーンを仕掛けた男の狙い

photo by Dustin Gaffke(CC BY 2.0)

「ライブハウスで耳栓を売る」――。

 一見すると、矛盾しているように思える試みを始めた人物がいる。四谷のライブハウス「アウトブレイク」の店長、佐藤”boone”学氏だ。

 佐藤氏はこの試みを思いついたきっかけをこう語る。

佐藤"boone"学氏

「今年に入ったあるとき、友達に連れられて初めてライブハウスに来たような若いコが、ライブが終わったあと『耳がキンキンする』って話ながら帰っていくのを目にしたときに、ふと思ったんです。ライブハウスも数は増え続けているけど、お客さんの数は減りつつある。そんな中で、ライブハウスも新しいお客さんを呼びこむ努力をしていかないといけない。ところが、初めて来てくれた人が『耳がキンキンする』っていう印象を抱いて帰って行ったら、その人は次回誘われても来ないかもしれないですよね。『楽しかった、また来たい』って思ってくれないとこの先ライブハウス業界自体がヤバイんじゃないかと思ったんです」

 しかしながら、そもそも音楽を爆音で楽しむというのが醍醐味という見方もある。

「そうなんです。僕らもその状況に慣れちゃってて、当たり前になっていたんです。ただ、じゃあ『耳がキンキンする』と言って帰る方に戻ってきてもらうために、単にPAの音を下げればいいかというと、そういうわけにもいかない。爆音にこだわるバンドもいれば、そういう爆音や音圧が好きなお客さんもいる。なので、爆音で耳がキーンとなるのは辛いけどライブは観たいというお客さんに選択肢の一つとして『耳栓』を考えたんです」

欧米では定着していた「音楽用耳栓」

 そう思いついた佐藤氏は、自身でさまざまな耳栓を購入したり、いろいろとリサーチしたりする中で「音楽用の耳栓」の存在を知ったという。

「音楽用の耳栓はほとんど海外製なんですが、日本の販売代理店などに片っ端からメールや電話をして、『ライブハウスで売りたい』と声をかけまくったんです。殆どは返事も来なかったんですが、2社、興味を示してくれたんです」

 その2社の一つが、12月7日から佐藤氏のアウトブレイクを筆頭に佐藤氏の呼びかけに賛同した25店舗のライブハウスで販売することになったオランダに本社を置くSafe Ears社の「サンダープラグス」を日本で販売しているDirigent(ディリゲント)だった。

 銀座十字屋ディリゲント事業部の多良間孝紀氏は語る。

ポップなデザインとブリスターパックで目立つ!

「弊社は2014年秋から「サンダープラグス」を扱っていまして、クラブや野外フェスなどでコンスタントにニーズはあったんですがもっとライブハウスなどの現場に販路を拡大したいと思っていたところだったんで、佐藤さんのアイデアに乗らせていただいたという感じです。『サンダープラグス』の本国スタッフによれば、スイスとか国によっては何デジベル以上だから耳栓を配らないといけないなどの決まりもあるそうなんです。その一方で、フェス系やイビザの知名度が高まり、EDMなどが盛り上がるっていたく中で、音楽を楽しむ人も増えていた。ヨーロッパのクラブ・ミュージック好きは、環境や身体への関心が高い人が多いため『耳をいたわりながら音楽を楽しむ』というカルチャーが根付いたんです。僕らもそうした事情を知り、耳を守りながら音楽を楽しんだほうがいいんじゃない?という提案をしたかったんです」

 仕事柄クラブやライブハウスに行くことも多い多良間氏は、初めて「サンダープラグス」を着けてクラブに行った時のことをこう話す。

「あまりに耳が疲れなかったことに衝撃を受けました。次回以降から手放せなくなりましたね。それまでもコンビニで売っている耳栓をしていたこともあったのですが、音が籠もったり閉塞感もすごかった。ところが、特にリスナー側に立った音楽用耳栓は、耳によくない音域の音を上手にカットして、音楽の楽しさを損なうことがないこと、閉塞感や圧迫感がまるでないことも驚きました。会話は普通に可能なのもよかった」

お客さんに音量を選ぶ権利を提供したい

 ただ、一店舗だけが耳栓を置いても、「ライブハウス業界」の改善にはならないのではないかと佐藤氏は思ったという。

「ライブハウス全体でお客さんに「音量の選択肢」を提示できれば、業界全体の集客にもつながってきますよね。だから、これもまた手当たり次第にいろいろなライブハウスさんに電話したんです。僕はそもそもライブハウス業界ではどちらかというとアンチも多い存在(笑)。『ああ、この店の人は俺のこと嫌いだろうな』と思いながら電話したりしていました」

 もちろん、やはり「音楽」にこだわりがあるライブハウス。門前払いや職人肌で自分の出す音に拘りがあるPAスタッフからの抵抗で断られることもあったという。

「思いついて動き始めて、片っ端から電話しまくりました。僕のことを好きじゃないかもしれない店の人にも興味を持ってもらえたのも良かった。なんだかんだで今回は30強の店に声をかけて25店舗が協力してくれることになりました。実際に、電話で話をしたらかなり評判もよい。もちろん、『うちの音は耳栓なしでも大丈夫から』と断られることもありました。でもそれはそれでいいと思います。PAさんも職人なので。僕は僕で、これからお客さんも『音楽を楽しむ音量』を自分で選択できるようになって、ライブハウスを楽しめる人がもっと増えれば、バンドやライブハウスにとってもいいことだと思うんです」

「ライブハウスで耳栓」というと、当然ながら「音楽を聞くに行くのに?」という返事が返ってくる。しかし、そのライブハウス側から、こうしてリスナーサイドの「耳」を守りつつ、音楽を楽しむための選択肢を増やしたいという試みが出てきたのは興味深い。

「付ける側も演奏する側も『耳栓をするのは失礼かもしれない』という考えもあるかもしれないけど、音楽専用の耳栓は音の良さは決して損ねない作りになっています」(多良間氏)
「今後は、ライブハウス25店舗の店頭で『サンダープラグス』を販売するほか、3月3日の耳の日に、Dirigentさん同様僕の話に乗ってくれた『EarPeace』さんの協賛で爆音バンドを集めたイベントなどいろいろ仕掛けて、純粋に音楽を楽しむために耳栓という選択肢もあるよというのをカルチャーとして定着させていこうと思います」(佐藤氏)

四谷「アウトブレイク」http://www.hor-outbreak.com/
ディリゲントhttps://www.dirigent.jp/
ライブハウス+THUNDERPLUGS共同企画https://www.dirigent.jp/news/menu/topics/d-news88.html

<取材・文/HBO取材班 photo by Dustin Gaffke on flickr(CC BY 2.0)

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