松岡修造の自己啓発書は本気で役立つ!

解くだけで人生が変わる! 修造ドリル

解くだけで人生が変わる! 修造ドリル

 元テニスプレーヤーであり、現在はスポーツキャスター、テニス指導者として活躍する松岡修造氏については、イマサラ説明するまでもないだろう。日めくりカレンダー『まいにち、修造!』『ほめくり、修造!』の大ヒットも記憶に新しいところだ。  極端な生真面目さは、ときに滑稽さすら滲ませ、さらにはそれがグルッと一周して感動にまで昇華する――そんな松岡氏の言説は、氏の発言をまとめた動画が頻繁にアップロードされるようになった2000年代後半あたりから、インターネットでもよく話題にされてきた。多少シュールなところはあるが、突き抜けた熱血さ、誠実さは非常に魅力的で、人目を惹きつける確かな強度を備えている。  今回紹介する『解くだけで人生が変わる! 修造ドリル』も、先述した松岡氏の魅力がふんだんに盛り込まれている一冊だ。本書は同じ版元(アスコム)から2012年に刊行されている『人生を変える 修造思考!』の続編として位置づけられるような本なのだが、『修造思考!』がとにかく良書だったので、本書もかなり期待しながら読んだ。やはり、間違いなかった。自己啓発書として、一定の信頼感がおける内容であり、もちろんビジネスパーソンが読んでも、糧となる言説に溢れている。  ひと言で自己啓発書といっても、その内容はさまざまだ。  思想的、歴史的な知見に裏支えされた、よりよい人生を送るための秘訣を冷静で理知的な筆致で展開するもの。演繹的な例題を提示しながら思考のフレームワーク構築を助けてくれるような実践的内容のもの。故事や逸話を引きながら趣き深い人生訓を説いてくれるものなど、とても参考になる自己啓発書は数多い。その一方で、どこか胡散臭さを放つ著者の自慢話にしか思えなかったり、超自然的な視点やエピソードが当たり前のように語られて意味不明だったりする自己啓発書も少なくない。  とはいえ、本は読み手次第で有益にも無益にもなるもの。どんなに胡散臭いと感じるような本でも商業刊行物として流通している以上、一定のニーズがあって出回っているのだろうから、「まあ、そういう本もあるよね」と個々人が是々非々で捉えていけばよいと考える次第。どんな本を読む場合でも然りだが、結局のところ、本で語られる言説に極端に耽溺したり、著者に対してまるで帰依するように心酔したりすることなく、本との距離感を意識しながら読み進めていくことが重要なのだろう。  自己啓発書は、有り体に言ってしまえば「よりよく生きるための気づきを得て、真似できそうなところから実生活に取り入れてみる」くらいの距離感で付き合うのが適切だと思う。視点をかえてみるなら「どんなジャンルの本を読んでも、自己啓発的な気づきを得られる可能性がある」と捉えることもできる。学ぼうと思えば、何事からも学べるのだから(まあ、そうは言ってもなかなかできることではないけれども……)。  本書『修造ドリル』も「さて、どんなもんだろう」「試しに読んでみるか」程度の期待値で、まずは読んでもらいたい。  巻頭で「簡単なようで難しいのが、“自分を知る”こと」と語る松岡氏。そして、次のように説明する。 ―――――――――――――― 「“本当の自分”を知らなければ、自分らしく生きることはできません。そのためには、いくつかのいい習慣を身につける必要があります。 その一つが“感じる”習慣だと、僕は考えます。 (中略) 気持ちいい、面白い、イライラする、楽しい……、自分がそう感じたのは間違いないと思いますが、それはまだ“感じる”の表面に過ぎません。その奧にあるはずの自分らしい“感じる”こそ、誰でもない自分だけが感じたことだと思います。」 ――――――――――――――  本書は、そんな「自分らしい“感じる”」を会得するために、松岡氏が実践してきた物事の見方をドリル形式で解説してくれる内容だ。「僕が取り組んできた方法には非常にくだらないものもたくさんあります。『ふざけるな、修造』と怒ったり、思わず笑ってしまうかもしれません」と氏はへりくだるが、一方で「しかし、侮らないことです。試してみると、“感じる”ことが楽しくなるだけでなく、自分らしさに気づき、自信と強い意志を持てるようになります」と熱く説いている。  少し例を引いてみよう。〈「工夫する」を実践する〉という章に登場する「ラーメンに□□□は使わない」という設問。空欄に入るのはどんな文言だろうか。 ……正解は「レンゲ」。その心は、以下のとおりだ。 ―――――――――――――― 「僕は本気で向かってくる相手を適当にあしらうことはできません。(中略)相手が本気なら、本気の自分が自然に出てくるからです。 僕にとってラーメンは、まさにその本気がぶつかり合うものです。料理人と僕との1対1の勝負。だからこそ、席に座ったら上半身だけアンダーウェアになって箸を握り、食べる瞬間までイメージトレーニングするわけです。 (中略) 僕はラーメンを食べるときに、レンゲは使いません。 レンゲを使うと、その小さな枠の中でしか香りも味も堪能できないからです。」 ――――――――――――――  要は“相手に対して常にリスペクトを忘れず、何事にも真剣に、誠実に取り組む”ということを語っているのだろう。当たり前といえば当たり前のことなのだけど、視点がユニークすぎるので、強烈なインパクトを持って読み手の心に刻まれるワケだ。そして、そうした心に警句を刻みつけられるような感覚が、とても心地よいのである。  ドリル形式を謳う本なので、何問も引用してしまうのは憚られるのだが、他にも「失敗を□□(練習)する」「面倒くさいことが起きたら『□□□□(よっしゃ)、面倒くせえ』」など、「なるほど、そういう解釈か!」と深くうなづいてしまったり、「えぇ~! ここでそう来るか!!」と意外性に震えてしまうような設問が数多く紹介されている。  本書を通読して、改めて考え込んでしまったことがある。それは“賢くスマートに生きるか、愚直に泥臭く生きるか”というアングルの違いについて、だ。  たとえば、圧倒的なまでの博覧強記と明晰な頭脳を持って、何事にも精通し、物事の甲乙を瞬時に見極めてしまう御仁は、たしかに頼もしく、有能な印象を醸し出す。いわゆる“デキる人”とは、端的にはそういう人物のことを指すのだろう。  対して、感嘆する以外ないような人間力の高さや胆力のたくましさをもって、物事の機微や真理を見通し、人生を切り拓いていく御仁もいたりする。決して合理的ではないし、要領よくタスクをこなしていくわけでもないが、愚直に結果を積み上げていくような人だ。ときには不格好だったり、浮いてしまったりすることもあるが、周囲には自然と応援してくれる人が集まってきて、サポートしてもらえたりするのも、このパターンの御仁に多い特徴かもしれない。  どちらが「いい」とか「悪い」といった単純な二元論を語りたいわけではない。どちらを目指すにしても、処世術としては、きっと正しい。また、教科書的な生真面目さで捉えるなら、どちらの方面のスキルも高めていくべきなのだろう。  ただ、個人的には、自分が前者のようなタイプではないことを重々承知しているせいか、後者のようなタイプの人にこそより深い魅力を感じるし、少しでもそうした人間力を高めていきたいという思いを強くした。読み終わって、思いのほか良書だったなと、ささやかな僥倖を噛みしめてしまったほどだ。  補足するなら、松岡氏の魅力を存分に引き出し、的確に編み上げていったパッケージ力、構成力にも脱帽。編集担当、構成担当各位のプロフェッショナルな仕事ぶりに敬意を表したい。 【深読みビジネス書評】『解くだけで人生が変わる! 修造ドリル』 <文/漆原直行

PC_middleRec_left
PC_middleRec_right
関連記事
PC_fotterRec_left
PC_foterRec_right