アナログレコード復活で盛り上がる業界だが、果たしてハイエンドプレイヤーまで売れるのか?
2015.11.25
世界的なアナログレコードの復活や盛り上がりについて、ハーバー・ビジネス・オンラインでも何度かお伝えしたが、多くのメディアでもこの盛り上がりについては取り上げられている。日本でも2014年のアナログレコードの生産量は前年比約1.5倍の40万1000枚とされていて、今年はさらに増える見込みだ。
米国レコード協会が最近発表したデータによると、今年前半だけでもアナログレコードの売上は900万枚を突破。この時点で、前年比1.5倍で、2014年の1300万枚をすでに超えているのだという。音楽市場全体でみれば、レコードの売上は依然として7%ほどと小さいものではあるが、それでも急激に市場は拡大し続けているようだ。
日本でも、アナログレコードの盛り上がりは衰えていない。米国発のレコード関連イベント「レコード・ストア・デイ」が今年も春に日本でも開催され、さらに11月3日の文化の日が「レコードの日」でもあることから、アジア圏で唯一とされるレコードプレス工場を持つ東洋化成が音頭をとり、日本独自の秋のレコードイベントを初開催。65タイトルもの限定版アナログレコードが発売されている。
そんななか、今月8日には恵比寿と代官山の中間地点にあるカフェ&ダイニング「WGT」(WEEKEND GARAGE TOKTO)にて、来場者参加型レコードイベント「Vinyl Moon」が開催された。このイベントは、以前に取り上げた記事「もはやブームは終了? アナログレコードの復活は本物だった」でも取り上げたイベント「rpm」(record people meeting)の第2弾だ。
前回は主にアナログレコード業界に携わる人たちの割合が多い招待制のイベントだったが、今回はオープンのイベント。会場内にはディスクユニオンやHMV、だるまやといったショップによるレコード・フリーマーケットが開催され、すぐ横には視聴ブースも設置された。
また、店内の奥には、名だたるビックアーティストたちが愛用するというハイエンドオーディオメーカー「TAD」のオーディオシステムが鳴っている。自分の聞きたいレコードを持ち寄り、ハイエンドの“ホンモノの音”を大音量で体感できるというのも、今回のイベントの目玉だ。
当日は200人近いアナログレコードファンが集い、熱気に包まれていた。客層も20〜50代くらいと幅広く、女性の割合も高い。アナログレコードに興味を持つ人たちの間口が広がっているといった印象だ。
イベントの主催者側も手応えを感じているようだ。レコードジャケットアート展示などを手がけている、金羊社クリエイティブワークスのプランナー・中村博久氏はこう言う。
「老若男女と言いますか、かつてレコードを聞いていた世代はもちろんのこと、最近になってレコードを聞くようになった若い世代も多かったですね。つい数年前までレコードと言えば骨董品というか、ノスタルジックなイメージで見られていたと思いますが、特に若い世代ではまったく新しい解釈に変わってきたのではないかと感じています。検索してダウンロードできるという便利な世の中で、それだけでは満足できないものがあると感じる人たちが、レコードに興味を持ちだした。女性の参加者も多かったので、アナログレコードが好きだとか、興味があるといった層が、さらに広がってきたのかなという手応えを感じています」
とはいえ、中村氏は「正直言って、アナログレコードの復活とか言われていても、レコードショップに女性が1人で立ち寄りたいと思っても、気軽に入りにくいイメージがまだまだある。レコード好きのための場所はあるけれども、レコードが気になっている人のための場所がない。こういったイベントを通して、入口はより広く、奥行きもより深くしていけたらいいな、と考えています」とも。
同じく主催者である、アナログレコードのショッピングモールサイト「サウンドファインダー」代表の新川宰久氏も、同様の危機感を持っている。
「アナログレコードの盛り上がりがメディアでもたくさん伝えられるようになりましたが、まだまだというのが私の認識です。間口がもっと広がるようにしたいという思いから今回のイベントを開催したわけですが、それと共に、ハイエンドのホンモノのレコードの音ってこんな音なんだよっていうのを体験していただきたいというのもありました」
アナログレコードが復活してきた大きな要因のひとつが、CDやデータ配信の音源よりも“いい音”が鳴るということ。安価なレコードプレイヤーも続々と発売されたこともあって、アナログレコードの音の良さに気づく人は増えているが、そんな今だからこそ、ハイエンドのホンモノの音を体験してもらいたかったのだと新川氏は言う。
「ハイエンドオーディオ機器が売れるようになったらいいなと思いますが、今回のイベントで体験してもらったオーディオシステムは総額1000万円を超えます。一般の人はなかなか購入できるものではありませんよね」
では、どうしてハイエンドの音を体験してもらいたいと新川氏は考えたのだろうか?
「アナログレコードで鳴る一番いい音、理想となる音を聴くという体験をすることで、若い世代のレコード好きな人たちが今後、身の丈に合わせて上がっていくようになるといいなあ、と。そのためにはレコードで鳴る最高の音って、実はこんなにスゴい音なんだよっていうことを知ってもらわないと、誰もそこに向かって近づこうとはしないわけですから」(新川氏)
いい音で聴きたいということでアナログレコードファンになる人は増えてきたが、最近では同じようにハイレゾ音源もある。ハイレゾの音について、新川氏はこう説明する。
「オーティオメーカーの方に『ハイレゾの音って何の音に近いんですか?』と尋ねたことがあるのですが、『オリジナル盤のレコードの音に近い』と言うんですね。やっぱり、そうなんだな、と思いました。これからは、いい音で音楽を聴きたいという人にとってはアナログレコードかハイレゾという流れになってくるでしょう」
実際にオーディオ関連のハードを製造するメーカー側の商品開発でも、CDプレイヤーからミュージックサーバーへの移行が進んでおり、ハイレゾ対応のスマホも普及し始めたなかで、いい音にこだわる人たちの間ではTPOに合わせた音楽の楽しみ方が拡大していくのは間違いなさそうだ。
そんな状況でアナログレコードは今後、どうなっていくのだろうか? 中村氏はこう言う。
「データ配信のハイレゾ音源にはないアナログレコードの良さというのは、自分の指先など、五感から伝わる喜びみたいなものです。レコードショップに行けば、『このレコードがこの値段で買えるんだ!』といった“掘る”喜びもありますしね。ダウンロードするだけの世界では味わえない“宝探し”的な楽しさもいい。しかし、実際問題として、アナログレコードをクルマのなかで聞くとか、外出中に聴くといったことはできないわけですから、いい音で音楽を聞きたいという人は、外ではハイレゾ、家ではアナログレコードをジックリ聞くといったように、ひとつの選択肢として残っていくようになると考えています」
そのためには、新川氏は今後の課題としてこう言う。
「ハイレゾ音源は、あくまでもデータ配信されるメディアです。便利ではありますが、アナログレコードのようにフィジカルな“味”を感じることはできません。そこに気づいて魅力を感じてくれる人を如何に増やしていけるのかが、今後の課題だと思います。生活のなかにアナログレコードをごく自然に浸透させていって楽しむ人を1人でも多く増やしたい。そのためには、アナログレコードの魅力に気づくタッチポイントを増やすようなイベントを今後も続けながら、レコードのある生活といいますか、新しいライフスタイルの提案などもしていきたいと考えています」
また、新川氏は、「手は届かないけれども、ホンモノの音でレコードを聞きたいというニーズは、特に若い世代ほどあると思うので、ハイエンドオーディオを共有するようなシェアリングモデルを実現したい。そのために現在、いろいろと画策中です」と言う。
米国のミュージックメディアリサーチ「MUSIC Watch」の最新調査によると、米国におけるレコード購入者の半数近くが25歳以下だという。米国のように、どこまで若い世代にアナログレコード文化が定着していくのかが、今後のカギになってくるのかもしれない。<取材・文/國尾一樹>
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