東大卒はなぜノーベル賞で苦戦するか?「東大入試問題の『解答用紙』から考える」――江藤貴紀「ニュースの事情」

photo by YNS / PIXTA(ピクスタ)

 少々古い話題だが、今年のノーベル賞受賞者が日本人から理系で2名出て話題になったのはまだ記憶に新しいところだ。そして、そんなノーベル賞受賞者について興味深い考察記事があった。それは、大村智氏は山梨大出身で、梶田隆章氏は埼玉大出身とも東大卒でないということについて論じた日刊ゲンダイの記事である。 ・地方大出身者からノーベル賞続々 なぜ「東大」は振るわず?10月9日付日刊ゲンダイ)  同記事では、東大が振るわない理由について考察をしていたが、その一つとして、“受験でオールマイティであることが求められ、研究でも学会の本流から外れることが許されない”、いわゆる偏差値秀才が研究に向いていない、という旨の指摘があった。  確かに、大村・梶田両氏は大学院から東大に来てはいるが、これは大学受験とは選抜方式が違うので東大受験における成績とは関係が薄い。

果たして本当に「東大学部卒はノーベル賞に弱い」のか?

 一応弁護しておくと、東大だけをやり玉に挙げて「東大の学部卒にノーベル賞が少ないぞ」という論調はある意味でフェアではない。というのは、東大の学部定員は3000人台で、今でも同世代の0.3%ほど(大学進学者の間でも1%もいない)しか占めていない。なので、「母数が少ないからノーベル賞受賞をする率が低い」というのは当たり前な面があるのでそれを考慮に入れないで批判するのはフェアではない。  ただ、定員が東大よりももっと少ない名古屋大学や京都大学の受賞者数と(学部に関しては)同様に3人ずつであるので、やはり「秀才が進学しているわりには業績不振」なところは否めない。  また、前述の日刊ゲンダイ記事で指摘されていた大学別の予算額についても、東京大学は圧倒的に多い。  では、なぜ偏差値がナンバーワンの大学出身者で、予算でも優遇されていて学部の定員も長らく国立大学で一位(学部定員は、現在は大阪大学が最大)のマンモス校出身者がノーベル賞では他を圧倒できないのか。

東大入試における解答用紙に原因!?

 筆者の推論だが、東大は解答用紙がどの科目もとても特殊な方式で一般的な高校の入試や他の大学と大違いであって、例えば国語でヘンな縦書きの用紙などを使っていることに関係あるのではないだろうか。  これは、東大の国語解答用紙を、東大卒の予備校講師の方が再現したものである(※理系の場合も国語は2次で必須科目である。また解答用紙にクセがあるのは全科目共通)。(参照:「大学受験の世界史のフォーラム」)  つまり、この答案用紙で「受験トレーニング」をたくさんした人が受かりやすくなっていて、実際の能力や発想力とは関係の無いところで受験生が選抜されてしまっていないだろうか。  というのも、変わった解答用紙を使うので、初めての人は見ただけで「どこまで書いたらいいのか」と戸惑って試験時間をロスしてしまいがちなのだ(東大の学部入試はどの科目も時間制限が非常に厳しい)。また、予備校の模範解答や各種参考書でも、「一定の字の大きさで過不足なく解答用紙を全部埋める」のが適切とされているが、これをコンスタントに行うのは「それ専用」の練習をしないと、表現力・文章力がある人間にとっても困難と推定される。  実際に、筆者の周囲にいる東大卒あるいはかつて東大を目指したことがある人間に聞いてみると……。  中部地方、公立高校出身・一浪での東大合格者(36歳)は「自分たちが高三の夏になって初めて見てびっくりする、あのヘンな解答用紙を小学生の時から使っているのか。首都圏の連中は受験ドーピングだろう」という。また、地方・私立高校から地方医学部(センターランクは東大の理系と同じくらい)出身の医師(35歳)「高校3年の時に東大の問題を見たが、自分には解けないと思った。解答用紙もおかしくて戸惑った」といった声が挙がった。  そして、以上の採点基準と解答作成作業を意識した慣れがあるかどうかで点数が2割くらい違って合否を大きく左右しておかしくない(※東大前期の配点はセンター試験と2次試験が1:4なので2次試験が圧倒的に大事になっている)。  実は、東大合格者の多い高校はこの点を受験生の選抜試験の時点から強く意識している。例えば灘、開成、麻布といった超進学校は中学受験や高校受験で東大とほとんど同じかたちの解答用紙を出して、問題の形式も似せているのである。麻布中高出身・東大現役合格者(31歳)は「中学受験の時から、国語とはそういうものだと思っていた。あと麻布の学内テストでもそういう解答用紙を使っていたことがある」と語る(学校ごとに多少の差異はあるが、興味のある方は、過去問を買ってみられるとよい)。  こうした超進学校に子供を通わせるような教育熱心な家庭だと、中学受験の塾などに小さいうちから首都圏では行かせることが多いが、そのなかでも東大を意識した中学を受験する子供は小学生の内から、東大入試に「慣れ」るべく、解答用紙を使うことになるわけだ。  要するに、創造性とも頭の良さとも関係が薄く、新しいものを作り出すとか発想力という研究のための資質とは無縁な能力、すなわち、大人しくて従順に、変わった解答用紙の枠内に入る解答を書くことに長けた(あるいはそのトレーニングに耐えられる)生徒がたくさん都心や関西のウルトラ進学校に進むことになって、そのまま大量に東大に合格、卒業していくことになっているのではないか?   無論、これはあくまでも筆者の暫定的な結論ではあるが、東京大学の入学試験がナチュラルな発想が出来る研究者を入れる妨げになっている、という可能性があるのではないか、というものである。少々大げさに言うならばあの入試を続けるのは国のためにならない行為であるという気すらする。  別にノーベル賞を取るだけが研究ではないだろうが、あのヘンな入試によって、強い知的な好奇心の持ち主や、本当にやりたいことのある人間を、東京大学は自ら遠ざけているように思われてならない。 <取材・文/江藤貴紀(エコーニュースR)> 【江藤貴紀】 情報公開制度を用いたコンサルティング会社「アメリカン・インフォメーション・コンサルティング・ジャパン」代表。東京大学法学部および東大法科大学院卒業後、「100年後に残す価値のある情報の記録と発信源」を掲げてニュースサイト「エコーニュース」を立ち上げる。
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