経済・金融問題として気候変動を考える

2020年以降に官民合わせて1000億ドルの資金を動員

氷河 いよいよ、パリにおける気候変動枠組条約締約国会議(COP21)が、あと約半月後に迫ってきた。それに先立ち、10月、OECDからひとつのレポートが公表された。レポートは、「2013―2014年の気候変動ファイナンスと1000億ドル目標(Climate Finance in 2013-14 and the USD 100 billion goal)」と題されている。  1000億ドル目標とは、2010年にメキシコ・カンクンのCOPで合意されたもので、2020年以降、開発途上国の気候変動対策を支援するために、先進国から途上国に対し官民合わせて合計1000億ドルの資金を動員(mobilise)するというものだ。  気候変動対策(これには、気候変動の発生自体を抑制する「緩和」(mitigation)と、それでも避けることのできない気候変動による被害を減少させる「適応」(adaptation)が含まれる)を各国が進める上で、最大のネックとなるのは資金だ。  特に開発途上国にとっては、そもそも気候変動の原因とされる大気中の二酸化炭素濃度上昇は、先進国が経済発展を享受しながら工業化を進めてきたことに起因するとの意識がある。途上国が国際的な枠組みに合意し、対策を進める上では、現実的な能力と、公平性の両方の観点から、先進国によるある程度の資金支援が必要であることは間違いない。  OECDのレポートでは、2014年時点で、この資金動員額は620億ドルに上ると試算され、2013年の520億ドルから増加している。この数字によれば、2020年の1000億ドル目標へ向けてよい進展がみられるといえよう。だが、途上国側はこの試算に反発しているとも伝えられる。1000億ドルに何が含まれ、どのように計算するか自体、各国間で明確な合意があるわけではない。この気候変動ファイナンスの問題は、今月末から始まるCOPでの最大の争点の一つになると予想されている。

投資先として魅力的な環境関連事業とは?

 いずれにせよ、多くの先進国が財政難に悩む中で、気候変動対策の全てを公的資金で行うことは現実的でなく、民間資金を動員することが不可欠だ。例えば再生可能エネルギーへの投資など、いわゆるgreen investmentに、より多くの民間資金が向かう環境をいかにして創り出すか、それが、現在私が携わる業務の中核である。  民間企業は慈善事業を行っているわけではなく、ビジネスとしての観点から合理性がなければ投資しようとはしない。環境関連事業が、他の事業と比べて同等以上に魅力的である状況を確保することが、一つの大きな政策課題である。  他方で、民間主体の側からも、自発的に、化石燃料など「炭素集約型」の事業への投資を減らし、低炭素型投資へとシフトさせていこうという動きが最近出てきている。その背景にある論理を端的に示したのが、9月に、イングランド銀行総裁・金融安定化委員会(Financial Stability Board:FSB)議長であるマーク・カーニー氏が、世界的な保険会社ロイズのイベントで行ったスピーチ だ。  このイベントは、金融関係者の集まりであるにも関わらず、カーニー氏は気候変動を議題の中心に採り上げ、気候変動が金融の安定に対してもたらしうる3つのリスクについて語った。第1に物理的(physical)リスク、気候変動によりもたらされる自然災害によって、保険会社に多額の支払いが生じたり、企業の資産に損失が生じることだ。第2に責任(liability)リスク、気候変動に関連する損害について、その原因をもたらしたとされる企業等が法的な責任追及をされることだ。そして第3に移行(transition)リスク。これは、低炭素社会への移行の過程で生じる技術的革新や政策変更により、企業や金融機関の資産価値が大きな変動にさらされることだ。  この問題はstranded assetとも呼ばれ、例えば、二酸化炭素排出削減の強化により、石油・石炭関連企業の資産や、それらへの投資の価値が減損することを指す。時代や環境の変化により、ある産業が栄えたり衰退したりすることは常にあるが、そうした変化が突然、非連続的に起きた場合、金融・経済に対する重大な影響をもたらすおそれがある。  こうした気候変動と金融市場との関係は、G20からFSBに検討が依頼されているものであり、カーニー氏は、FSB議長としてそれに応える形で、前述の論点を示すレターをG20諸国の財務大臣・中央銀行総裁に対して送付した。FSBの関与は、従来は各国政府の中でも主に環境省の領域とされてきた気候変動の問題が、各国の財務省・金融規制機関・中央銀行の領域へと拡大してきたことを示す。また、欧米を中心に、多くの代表的な金融機関が、将来のリスク軽減の観点から、炭素集約型投資の抑制(divestment)を始めている。  世界でこうした動きが起きていることは、日本の経済・金融関係者も認識しておくべきだろう。【了】 (※)本稿は個人としての意見であり、組織を代弁するものではありません。 【高田英樹(たかだ・ひでき)】 1995年に東京大学法学部卒業後、財務省(旧大蔵省)に入省。1997年から99年に英国留学。2003年から06年に、英国財務省で勤務。2009年に民主党政権下で新設された「国家戦略室」の最初の職員として抜擢された。主計局、主税局等で、主に財政政策に携わる。2015年7月より、パリ・OECDに出向。「ムーラン」でコラム「日本の財政の「真実」」を連載。個人blogに日英行政官日記(http://plaza.rakuten.co.jp/takadahmt)がある。 記事提供:ムーラン (http://www.mulan.tokyo/) 新世代のビジネス・ウーマンのためのニュースサイト。「政策決定の現場である霞が関、永田町の動向ウォッチ/新しいビジョンを持つ成長途上の企業群が求める政策ニーズを発掘できるような情報/女性目線に立った、司法や経済ニュース」など、教養やビジネスセンスを磨き、キャリアアップできるような情報を提供している
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