米中の覇権争いとなったアルゼンチン大統領選。同国の将来はいかに!?

ブエノスアイレスの街並み photo by matcuz (CC0 PublicDomain)

 先日お伝えしたように、アルゼンチンは現在トヨタの生産拠点として重要な位置を占めている国だ。そのアルゼンチンで、10月に次期大統領選挙が実施され、上位二人の候補者(ダニエル・シオリ氏58才とマウリシオ・マクリ氏56才)がアルゼンチンの大統領選挙史上初めて決戦投票に臨むという桔抗した投票結果となった。  この選挙は単なる「次期大統領選」ではない。これまで12年間続いた中国そしてロシアへの依存外交を国民が選ぶのか、或いは欧米に重要度を置く外交に軌道修正するかという判断を問う外交選挙であり、結果次第ではアルゼンチン及び同国でビジネスを行う外国企業にとっても今後の方向性を問うという意味合いがあるのだ。  同国の企業、もしくは同国で経済活動を行う外国企業の多くは新しい改革を訴えるマクリ氏を支持、一方のこれまでの路線の踏襲を望む者はシオリ氏を支持している。現在までの予想ではマクリ氏が10%程度の差で有利と言われている。

どん底のとき手を差し伸べた中ロとの関係

 アルゼンチンの過去を振り返れば、19世紀後半から20世紀初頭において穀物のヨーロッパへの輸出で発展し、世界でトップ経済の一国を担っていた国だった。その影響で、首都のブエノスアイレスは南米のパリと称されるほどにあらゆる文化が発展した。  一方で、現在のアルゼンチンは経済面で中国とロシアに依存した国になっている。この両国への依存度が如何に強いか? それは、2期8年を勤めるクリスティーナ・フェルナンデス大統領が、中国とロシアへは数度訪問しているにもかかわらず、米国へは任期中に一度も訪問していないということからも明らかだろう。特に、中国への依存度が高いことは国民レベルでも感じているようで、彼らの間で自国名をスペイン語で「アルヘンティーナ」という代わりに「アルヘンチナ」と皮肉る者もいるという(「チナ」=スペイン語で中国のこと)。  アルゼンチンから中国へは大豆など穀物を輸出し、中国からはその輸出を促進させる為だとして、インフラ整備などで中国資金がアルゼンチンに流入して来た。そして、中国製品で同国の市場は溢れている。

親中路線維持のシオリ候補 photo by Prensa TV Pública(CC BY 2.0)

 アルゼンチンが中国に傾斜した背景には、フェルナンデス大統領がベネズエラのチャベス前大統領やブラジルのルラ前大統領の反米意識に共鳴したからだ。しかも、2001年にデフォルトを経験し、その後経済は回復したものの、インフレ率は常に高く輸出の伸展を妨げて来た。しかも、2014年には米国の「ハゲタカ」ファンドとの問題から再度デフォルトを経験した。その為、アルゼンチンにとって外貨の獲得は容易ではない。そういった事情の中で、中国は容易にアルゼンチンに資金を提供する国として両国は関係をより深めたのである。ロシアもそれに追随して、武器の供給や原子炉の建設などで協力している。この二国の支持もあって、現在アルゼンチンのBRICSへの加盟も間近に迫っているという。

アルゼンチンを舞台にした米中覇権争い

 しかし、ここで留意されるべきことがひとつあるのだ。それは、「コンドル作戦」についてだ。コンドル作戦とは、CIAが70-80年代に南米の左派勢力を一掃するべく当時の右派政権や現地の諜報組織に資金支援をし賄賂などを行わせ、時には人体に損傷を加えたりして左派系のリーダーを失脚させるべく行っていた工作活動のことだ。その対象になった国はブラジル、アルゼンチン、ボリビア、チリ、パラグアイ、ペルーといった国で、さまざまなスピンを流すことで対象国の左派系リーダーを政治の表舞台から失脚させていた。そして今、米国は「第2のコンドル作戦」を展開しているとして「RT」などのロシア系メディアなどが報じ始めているのだ。

新欧米派改革路線のマクリ候補 photo by Gobierno de la Ciudad de Buenos Aires (CC BY 2.0)

 かつてのコンドル作戦ではブラジルのルラ前大統領、ベネズエラのチャベス前大統領、エクアドルのコレア大統領、ボリビアのモラレス大統領そしてアルゼンチンのキルチネール前大統領らの失脚を狙っていたという。何れも、チャベス前大統領が提唱したボリバール革命に共鳴したリーダーたちである。そして今、現職のマドゥロ、コレア、モラレスらの失脚を第2コンドル作戦は狙っているという。この中に、アルゼンチン大統領選挙の行方が対象にされているというのである。即ち、米国が直接的間接的にマクリ候補を支援する活動を行っているというのだ。  マクリ候補はこの選挙キャンペーンで中国とのこれまでの契約内容などを検証し直すと表明している。そして、米国とヨーロッパとの関係の強化を計ると言明しているのである。日本にしても他人事ではなく、マクリ氏が大統領に当選すれば、親中路線から方向転換するということで、これまでの疎遠だった関係にも変化が現れるはずだ。ちなみに、マクリ候補はトヨタのカムリV6を所有しているそうだ。  一方のシオリ候補はキルチネール前大統領の時に副大統領を勤めた人物で、彼は中国とロシアとの外交路線を踏襲するというボリバール革命の共鳴者であり、こちらは中ロが支援を行っていると思われる。  ただ、どちらが大統領に選ばれるにせよ、フェルナンデス大統領政権下の負の遺産に取り組まねばならない。アルゼンチン経済紙『iProfesional』によると、来年のインフレ34%、GDPはマイナス0.3%、貨幣の切下げ38%まで進む、財政赤字4.1%、失業率8.4%と予測されており、どの点においても非常に厳しい経済状況が控えているということである。 <文/白石和幸 photo by Prensa TV Pública on flickr(CC BY 2.0)、Gobierno de la Ciudad de Buenos Aires on flickr(CC BY 2.0)> しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会