メキシコ最高裁による個人用大麻栽培合法の判断で、メキシコ社会はどう変わる?

photo by Smit / PIXTA(ピクスタ)

 メキシコの最高裁は11月4日、マリファナ(大麻)の合法化を求めていた「責任と忍耐をもって個人消費するメキシコ組織(SMART)」の原告4人に対し、嗜好品として個人用に栽培し消費することを認める判決を下した。  この組織(SMART)は4人の弁護士とひとりの企業家が2013年に設立したもので、マリファナが合法化されればメキシコを席捲している麻薬犯罪も減少させることに役立つという考えが設立の主旨にある。  スペイン紙『El Pais』のメキシコ駐在記者の記事によると、〈彼らは先ず保健局に栽培と輸送及び所持の合法化を申請した〉という。勿論、その申請は〈保健法を犯すことになる〉として却下された。そこで彼らは法廷に上訴することを決めたのだ。そして判決を不服として控訴するということを繰り替えして、ついに最高裁に判定を委ねるという所まで漕ぎ着けたのだ。  この最高裁の判決で大きな影響を与えるようになったのは、裁判長の人選だった。最高裁でこの判定を担当することになった5人の判事の中で、もっとも進歩派と看做されるアルトゥロ・サルディバル判事が裁判長に任命されたことだ。  判決は合法化に賛成4票:反対1票という結果となった。賛成票を投じたサルディバル裁判長は「マリファナはたばこと比較して害はより少ない。よってそれを禁止することは憲法における個人の尊重ということにおいて(たばこは合法化されているという点から見て)不釣合である。今回の判決は飽くまで個人消費が対象であって、その販売は認められない。マリファナが無害であるということは成り立たないが、現行の禁止は過度のものである」と述べて合法化に賛成したという。そして、これに3人の判事が同意したのである。  一方、反対票を投じたホルヘ・パルド判事は「この立案において、マリファナの種子或いはその植物を入手するという行為は今回の判決には含まれておらない。個人消費として、この行為を実行すれば犯罪となる」と述べたことをメキシコ紙『Excelsior』が伝えている。

この判決でメキシコは変わるのか?

 前出のメキシコ紙『Excelsior』が〈マリファナの個人消費は合法だとして認める判決を下した。これはこれまで対立して来た問題の論理を完全に覆してしまった〉と書いているように、この判決はメキシコや周辺国のさまざまな問題を大きく変える一歩になり得るものだとも言える。  というのも、そもそも今回のマリファナ合法化の判決を下した背景には昨年南米のウルグアイでマリファナの栽培と購入が合法化されたことや、メキシコではびこっている密売組織カルテル(Cartel)の活動を抑制させようとする考えが根底にあるからだ。  前出の『El Pais』紙でも言及されているが、〈カルテル同士の戦いなどから現在まで8万人が犠牲者となり、2万人が行方不明になっている〉という。  しかし、『El Pais』によれば、〈メキシコの政治家の間では70%は今回の合法判決したことに用心深い反応を示している〉という。3大政党の中で民主革命党は〈更なる自由化を要望〉しているが、麻薬に厳しい姿勢で臨んだカルデロン前大統領の国民行動党(PAN)は〈より議論されるべきだ〉という姿勢を保ち、ペーニャ・ニエト大統領の制度的革命党(PRI)は〈国民に審査を問べきだ〉としている。  しかし、『El Pais』紙が書くように、〈世界で2番目の大麻生産量をもつメキシコで、これまで非常に厳格な規制をして来たが、自由化への道が開けたことになる〉は大きな一歩であり、〈今回と同じような要求があった場合には、認可せねばならなくなる〉だろう。そして慎重な声はありつつも、この決定がメキシコで蔓延る密売組織の根絶に繋がっていくことが期待されていることは間違いない。  今回の最高裁決定によって、個人用の大麻栽培が認められたのは原告の4人のみである。しかし、この決定は、メキシコに蔓延る暴力が根絶し、現在経済的に注目を集めているメキシコが、さらに発展するための契機にもなる可能性があるものなのは間違いないことだろう。 <文/白石和幸> しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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