環境保護で安全保障!「軍隊を持たない国」コスタリカの外交戦略

 コスタリカの平和主義については、少なくとも国内的には議論がほぼ出尽くしていると言っていい。「軍隊はあってはならない」という国民的なコンセンサスは揺るぎなく、軍隊がないことによる国内的・国際的効果も実証済みだと言わんばかりだ。現在のコスタリカのチャレンジは、軍事的安全保障の枠組みをとっくの昔に乗り越え、「環境安全保障」にシフトしている。それは、自然環境を守ることのみならず、それを通じて平和をつくり、さらには世界をリードするという外交的試みでもある。

先進的な環境政策を外交カードに

2007年、カーボン・ニュートラルと再生可能エネルギー発電100% の達成を宣言したオスカル・アリアス・サンチェス大統領(当時)

 2007年、アリアス大統領(当時)は「自然と共生する平和の推進」という宣言を発表し、新たな環境イニシアチブを提唱した。非武装戦略が定着し、次の段階として「人間と自然との戦争」を克服するため、「この惑星にある命をあきらめない」と銘打った新たな課題を提唱したのだ。  2021年までに炭素の排出量と吸収量を同じにする“カーボン・ニュートラル”を達成するという野心的な目標をぶちあげ、「炭素排出を“廃止”することは、コスタリカにとって(1948年の)軍隊の“廃止”に匹敵する」と意気込んだ。達成すれば、現代史上世界初のこととなる。  アリアスは、この宣言の中でこう付け加えている。「コスタリカのような経済的に貧しい国が(カーボン・ニュートラルを)達成できるなら、ほかの国がそれをできない正当な理由はない」。つまり、あらかじめ外交カードとしてこの政策を使うぞというわけだ。  気候変動に対処することが「人間の安全保障」に寄与することなのは言うまでもない。それだけでなく、コスタリカが世界の中で環境のリーダーとして発言力を増すことを意識しての発言だ。経済的先進国主導の現代世界に対する“挑戦状”ともいえるだろう。  その具体的方策のひとつは、火力発電を完全にやめることだ。これも2021年を達成目標年度とし、再生可能エネルギーだけで発電するという野望を掲げ、続く政権にもそれを求めた。あとを受けたラウラ・チンチージャ大統領(当時)も、大統領選挙時にアリアス宣言を引き継ぐことを公約に掲げ、当選後着実にその政策を前に進めた。

再生可能エネルギー100%による発電を6年前倒しで達成!

 今年3月、世界中をコスタリカのニュースが駆け巡った。「年間を通じて再生可能エネルギー100%による発電の見通しが立った」というのだ。目標を6年前倒しで達成ということになる。出力調整が容易な化石燃料による火力発電を「年間を通してゼロにする」というのは、言うほど簡単ではないので、これはちょっとした驚きである。  実際、コスタリカ政府の担当官僚も数年前まで「実現は難しい」と言っていたし、発電における再生可能エネルギーの割合が約8割にものぼるニュージーランドでも、大手電力会社は筆者の取材に「技術的には可能だが、現実的ではない」と答えていた。  3月の段階で今年中の発電のめどが立ったというニュースが早くも出されたのには、同国の発電事情がある。水力発電が約7割を占める同国では、雨季の4月~11月にどれだけ降水量があり、乾季である12月~3月をどう乗り切るかが最大のポイントになる。前の雨季の貯水で今年の乾季を乗り切れることが確実になった3月の段階で、雨には困らない今年いっぱいまでは火力発電所を動かさなくても大丈夫という確信を得ることができたのだ。  ただ、これは来年以降も継続して再生可能エネルギー発電率100%を保証するものではない。だから、これは「とりあえず今年は達成」というにすぎず、今年の降水量が少なければ来年は火力発電所を稼働させる可能性もある。

環境先進国のイメージが安全保障政策に寄与

コスタリカ・カルタゴ県のカチ水力発電所。豊富な雨量や地熱、風を活かした再生可能エネル ギーだけで発電している(Wikimedia Commons)

 コスタリカがうまいのは、3月の段階で「もう今年いっぱいは火力を使わない」という宣言を早々と出してしまい、世界中のメディアにそれをリリースして、世界に環境先進国のイメージを定着させようとしたその情報戦略だ。環境政策で世界をリードしているという印象が外交的に大きなプラスポイントとなり、この国の対外的安全保障政策に寄与している。  そもそもコスタリカは、エコツーリズムの発祥国として欧米ではつとに有名だ。元来この国が持っている世界一豊かな生態系にあぐらをかくことなく、「コスタリカ=環境先進国」というイメージをより主体的・積極的に世界中に植え付けることで、国際社会における発言力を増そうとしているというわけだ。  コスタリカの外交戦略はここ数十年、一貫している。現代世界では誰もが理想と認める価値観と、内政や外交を結び付けることだ。軍備放棄や積極的永世非武装中立もそうだった。軍備放棄やカーボン・ニュートラル、再生可能エネルギー発電率100%の達成といった政策を内政問題にとどめず、外交カードにすることをあらかじめ射程に入れ、他国が反対できないような戦略を立てる。それこそ、コスタリカ外交・安全保障政策の神髄といえよう。 <取材・文/足立力也> 【足立力也】コスタリカ研究家、北九州大学非常勤講師。著書に『丸腰国家』(扶桑社新書)『平和ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)『緑の思想』(幻冬舎ルネッサンス)など。現在、『丸腰国家』キャンペーンを全国書店で開催中(八重洲ブックセンター、丸善ジュンク堂書店、戸田書店、平安堂、谷島屋、勝木書店、文教堂書店、明林堂書店、リブロ、明屋書店などの各店舗にて)。
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