TPP大筋合意を報じる新聞各紙の温度差

 5日、アメリカのアトランタで行われていた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が大筋で合意に至り、6日付の朝刊各紙が一斉に報じた。各紙とも1面では大村智氏のノーベル生理学・医学賞との二大トップ記事のような扱いだったが、おそらくはこの日に向けて用意していたであろう予定稿も含めて一斉放出。6~7面にわたっての大特集となった。  全体の傾向としては、一部の新聞を覗いて1面ではざっくりとしたまとめ報道となっていて、むしろ中面に各紙の特徴が色濃く現れていたという印象だ。  読売新聞は紙面としては、TPP関連に7面を割く大盤振る舞い。見出しのほうも「日本経済に追い風」「工業分野攻めて成果」などおおむねポジティブなトーンで全面が貫かれている。多少冷ややかな調子だったのは、2面の「TPP国会承認年内微妙」と11面の「交渉参加遅れ 車関税でツケも」という程度。TPPネガティブな側面として取り上げられがちな国内の一次産業について、社会面で消費者の意見と並べて少し触れられた程度で、比較的好意的な見方をしているように見受けられた。  一方、朝日新聞は6面に渡ってTPP関連。中面の見出しを読売と比較すると「延長重ね 薄氷合意」「農家、輸入品と価格競争」「オバマ氏TPPも「遺産」に 反対論も 次期大統領選の争点に」などネガティブなトーンが目立つ。同じような内容で他紙と比較すると読売は「即効性より じわじわ効果」とややポジティブに識者の意見を紹介していたが、朝日では同じような論について「TPP合意 即効性は疑問」とネガティブな見出しを打っていた(そのわりにその内容は「[小売り・金融]資本規制 緩和拡大に期待」とか「[製薬]新興国での販売、利点」などポジティブにねじれていた)。  7面で展開した毎日新聞は、全体としての論調は控えめ。「世界最大の経済圏に」「新たな成長の糧に」「開かれた経済連携に」と語尾に次々「に」を連発。一歩引いたところから他人事のように見ていた。経済部長の論こそ枠を取って掲載していたが、主要紙で唯一社説でも触れない徹底ぶり。TPPに対してメディアとして紙面を貫く”論”が感じられなかったのが残念無念。各面担当に裁量が与えられているのはいいとしても、もう少し踏み込んでもらえないと飲み込みの悪い一読者としては、伝えたいであろうことが読み取りきれない感が否めない。  TPPと言えば、日本経済新聞はどうか。7面にわたりTPPに触れ、2面の社説でも、「TPPテコに世界経済の活性化を」といかにも日経らしい論を展開していたが、3面の大見出しに「肉やワイン、輸入品安く」と社会面のような見出しが打たれていたのには椅子からズリ落ちそうになった。ごていねいにイラストつきで「食卓こう変わる」と消費者目線で安くなる食品一覧が書かれている。仮にも「日経」の3ページ目の「3面」であり、いわゆる「三面記事」ではない。隣の少し小さな記事には「日本企業、世界展開弾み」、その隣には甘利氏とフロマン米通商代表部代表の[共同記者会見]のコメントが掲載されている。斬新なページ構成だ。  そしていよいよ1面に「中国に世界ルール書かせぬ」と大きな惹句が踊っていた産経新聞を開く。6面がTPP関連だったが、結論から言うと中面は意外にも冷静な論調だった。社説でも「共通の土俵の上で人・モノ・カネの行き来が活発になれば、域内経済全体の底上げにつながる」「強い農業の実現を急げ」「懸念するのは、来夏の参院選をにらんで、政府与党が対症療法的なばらまきに向かうことだ」と至極まっとうな論説を次々に繰り出した。1面の調子と比較して、正直肩透かし感さえ覚えたほど。最近ネットニュース等で拡散している、必要以上に強い調子の記事は本当の顔なのだろうか。  対して、今回一番振り切っていたのが東京新聞。全6面でTPPに触れたが、2面で「日本粘らず米に譲歩」という巨大な見出しを立て、同じサイズの見出しで6面に「密室交渉に反発も」「日本 薄いメリット」とネガティブな面を強調した。経済部長の論説でも「貿易協定としては異質な顔を持つ」「TPPはついに巨大な口をぽっかりと開けた」という記述のほか、直接、枠組みについての解説以外の部分でも「不安はつきない」「これはまずい」と煽るような言い回しの連続。止めの一撃として、最後に「国民は(中略)「賢い消費者になる」と気合を入れ直すのが「初めの一歩」だろう」と精神論に展開するあたり、やはりこの新聞からは目が離せない。  ともあれ、TPPはまだ大筋合意の段階。各紙とも「TPP国会承認 年内微妙’」(読売)、「自民、農業対策急ぐ」(毎日)と見出しにも立てているように、まだ何かが決定したわけではない。もっとも批判的な論調だった東京新聞も、今後の各国の動きを「TPP今後の流れは~各国議会で承認 発効17年めど」というコラムで示した。やっぱりネットニュースだけじゃ世の中の動きはわからない。 <文/松浦達也> まつうら・たつや/東京都生まれ。編集者/ライター。「食」ジャンルでは「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食のトレンドやニュース解説を行うほか、『dancyu』などの料理・グルメ誌から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に『家で肉食を極める! 肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(マガジンハウス)ほか、参加する調理ユニット「給食系男子」名義で企画・構成も手がけた『家メシ道場』『家呑み道場』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)はシリーズ10万部を突破
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