安倍晋三の「保守革命」路線に託された4つのテーマ――シリーズ【草の根保守の蠢動 第16回】

あの武藤貴也議員のブログにも登場している伊藤哲夫氏(むとう貴也オフィシャルブログ「取り戻そう!日本!」より)

 前回に引き続き、日本会議から少し離れ、日本政策研究センターと同センター代表・伊藤哲夫氏を対象にしていく。  伊藤哲夫氏は、各種報道で「安倍晋三のブレーン」として紹介されていることは連載第13回でお伝えした通りだ。また、「チャンネル桜」開局記念番組に安倍晋三をゲストとして招聘したのがこの伊藤哲夫氏であることも、前回触れた通りだ。  伊藤哲夫氏が代表を務める「日本政策研究センター」は、日本会議のようにデモや署名集めなどの市民運動を展開したり、議員懇談会を作って議会や内閣に圧力をかけるような動きを見せるわけではない。そのため、一般のメディアでの報道や分析記事で、この「日本政策研究センター」の名前が登場する事例は、これまでもほぼない。しかしながら、これまで2回の連載で触れたように、安倍晋三氏の周りに常に付き従い、安倍政権に隠然たる影響力を行使していることは事実だ。  日本政策研究センターは何を主張しているのか? 少し彼らの主張内容を確認してみよう

伊藤哲夫が語る「日本政策研究センター」の歴史

 日本政策研究センターが何を主張し、どのような活動を積み重ねてきたのかについては、同センターの機関紙「明日への選択」平成16年(2004年)5月号で、代表の伊藤哲夫氏本人が「この二十年、われらは何を主張してきたか」という小論を発表し丁寧な解説を加えている(※)。  少しこの内容を振り返ってみよう。  この小論の中で、伊藤氏は、「とりわけ『国家の精神的基礎』ということに焦点をあてた研究を行い、そこから政策提言を、というのがその頃のわれわれが描いた当面の目標であった。」と、昭和59年(1984年)に「日本政策研究センター」が設立された当時の目標を振り返っている。  そしてこの目標のもと、伊藤氏および同センターは、「いずれ訪れるであろう『昭和最後の日』」とそれに伴い必然的に発生する皇位継承のあり方に問題意識を持つようになったのだという。そのため「(皇位継承)を伝統の神道的儀式そのままに維持できるかどうかは、まさにこの日本国家の基本的なありように関わる本質的な問題」であるとの認識の元、大嘗祭問題や憲法改正問題に正面から取り組むようになったと、伊藤氏は昭和と平成のはざまで行った自分たちの運動を回顧している。  その後、「ポスト冷戦という『混沌』の中で」、伊藤氏や日本政策研究センターの主張は「文化の問題、歴史認識の問題」に軸足を置いたものになっていく。「PKOへの参加、歴史認識、 ポスト冷戦論、コメ開放、アメリカニズムへの対時などの論陣」を張ったものの、このころの運動には自信がないようである。「国中が世界の問題から眼をそらされ、選挙制度を変えれば日本は変わる――といったレベルのわけのわからない自称「改革論議」にわれを忘れ」たような世間の風潮から、伊藤氏たちの主張は顧みられることは少なかったのだ。  しかし、そんな伊藤氏周辺にも、「細川内閣の誕生」という転機が訪れる。伊藤氏たちの認識では、このころから「中韓の反日論が明確な形を取り始め、これにクリントンのアメリカが連携するといった構図が生じ始め」ており、一方、「世界の左翼勢力」が「国家主権の相対化だの、共通の歴史認識だの、子供の人権や女性差別の撤廃だのといったスローガンを唱えつつ」、「国際的な運動を開始し始めていた」のだとだという。そして、その路線が国内に伝播し、細川首相による「戦争への反省」「過去の清算」という「一連の大合唱」につながり、「保守がリベラルの路線に一方的に乗せられていくという一連の国内政策」が開始されたのだと分析している。  そのため彼らは「歴史認識」「夫婦別姓反対」「従軍慰安婦」「反ジェンダーフリー」の4点に集中するようになったのだ。さらに「近年」(この小論が発表された2004年当時)は、これら4つの論点を、「次から次へとモグラたたきのように生起する左翼勢力の仕掛けに、受動的・後追い的に振り回されるのではなく、むしろこちらから攻勢的に戦いを仕掛けるべき時にきているのではないか」という認識のもと、「保守革命」というテーゼに集約するようになったのだと伊藤氏は書いている。  前述した通り、この小論が発表されたのは、2004年。今から 11年前のこと。前回触れた、伊藤哲夫と安倍晋三の対談のわずか5か月前だ。

「保守革命のリーダー」安倍晋三に託された4つの軸

 ここで、前回の記事をご参照いただきたい。  前回紹介した「チャンネル桜」対談記事の中で、「保守革命を担うリーダーこそが安倍幹事長でなくてはならない」と伊藤哲夫が安倍晋三を褒めあげていたのをご記憶だろうか?  この「保守革命」の内容とは、つまるところ、伊藤哲夫率いる日本政策研究センターの論点である、「歴史認識」「夫婦別姓反対」「従軍慰安婦」「反ジェンダーフリー」だということなのだ。  こう見てみると、安保法制のみならず安倍政権が保守を通り越して「反動」の色彩を強めていくのもうなづける。  また、本連載番外編で紹介したように、アメリカ・カリフォルニア州のグレンデール市が設置した従軍慰安婦像に関し像の撤去を求めて訴訟を起こしているいわゆる「グレンデール慰安婦像裁判」の原告団と、政府が「緊密に連携を取っている」と、菅官房長官が異例の言及を行った背景が理解できる。  つまり、「保守革命」なるものの具体的項目である「歴史認識」「夫婦別姓反対」「従軍慰安婦」「反ジェンダーフリー」の4点は、この内閣の「メインテーマ」だということだ。で、あればこそ、たかだか海外の訴訟原告団にしか過ぎないものに対し、政府が「緊密に連携を取っている」と堂々と表明するのであり、「女性が輝く」「Shine」などという意味不明な曖昧な言葉を多用しお茶を濁し、「男女共同参画」や「女性差別撤廃」という本質から目を背け続けているのだ。  ここまで政権の政策路線に深く影響を与える伊藤哲夫氏および日本政策研究センター。彼らの主張の淵源は一体どこにあるのか?  次回は、1984年の「日本政策研究センター」設立以前に遡り、伊藤氏の来歴に検証を加える。  ご期待願いたい。 ※筆者はこの小論を「80年代末以降の日本の保守運動」を省みる上で極めて重要な文章であると認識している。この小論で触れられた問題意識や歴史認識は「諸君」「正論」「産経新聞」などで論陣を張るいわゆる「保守論壇」の祖型のようなものばかりだ。この小論については、本連載書籍化時に詳しく分析を加えたい。 <取材・文/菅野完(TwitterID:@noiehoie) 写真/むとう貴也オフィシャルブログ「取り戻そう!日本!」より>
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