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昨年火がつき、今やどの街のレストランでも並べられるようになった熟成肉。ブームはスタンダードに変わり、今や吉野家の牛肉まで熟成肉になったというから驚きだ。
そして、この熟成ブーム、肉だけにとどまらない。最近は、寿司屋や居酒屋が、寝かせた魚を“熟成魚”として提供し、グルメ漫画『江戸前の旬』(日本文芸社)などでも紹介され、熟成魚は一気に注目を集めるようになった。
しかし、
「生モノは鮮度が一番」とよくいうが、本当に寝かせて大丈夫なのだろうか? はたまた、
「腐りかけが一番うまい」ともいうが、これは本当なのだろうか? 熟成魚ブームの火付け役となった「熟成魚場 福井県美浜町 日本橋本店」に出向き、詳しく話を聞いてみた。
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熟成して送られてきた魚のなかには、さらに寝かされるものもある
「今に始まったことではなく、
魚は常識的に『これは寝かしたほうがいい』というものがあるんです。一般的には、マグロやブリなど大きな魚は、寝かしたほうが美味しいと言われていますね」
そう答えてくれたのは、店長の稲毛慎一氏。決して特別なことではなく、へしこ(鯖の糠漬け)、まぐろのづけ、昆布締め、鮒鮨なども熟成魚の一つだという。そして、
熟成をする理由は2つあるという。
1つは、採れた魚を保存するため。冷蔵庫のない時代に生まれた知恵だという。どれも塩分が多めなのは「汗をたくさんかく漁師が、失われた塩分を補給するため」のものらしい。つまり、腐らせないために、熟成させているというわけだ。
そしてもう一つは、旨味が増すため。一般的に、旨味成分としては、グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸が知られているが、魚にはこのうち、イノシン酸が含まれているものが多い。そしてこのイノシン酸は、死後、魚の体内でATPやADPといった物質が分解され生成されるという。つまり、寝かせば寝かすほど、イノシン酸が増え、魚が美味しくなるというわけだ。
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地方自治体の協力があり、お値段は抑えめで提供できる
しかし、熟成と腐敗は表裏一体だ。実際、多くの食品業界関係者が、食中毒などのリスクを訴えている。稲毛氏も
「熟成か腐敗か、その頃合いを判断するのは、素人では難しい」という。そこで「熟成魚場」では、
熟成魚の食文化が根付いている福井県美浜町の「おかみの会」の力を借り、魚の熟成を一任。安全に管理された魚を毎日届けてもらっているそうだ。そして、その目的は
「お客さんさんに美味しい魚を食べてもらうため」だけではなく
「地方に雇用を創出するため」でもあるともいう。
「魚は鮮度が命」という固定概念を覆した熟成魚ブーム。今後は、回転寿しなどのチェーン店が“熟成魚”をうたった商品を展開することが予想される。安全性の管理はもちろんだが、“地産地消”の標語が成し得なかった、
地方と都市の相互扶助がこれにより推進されれば、その時こそ熟成魚ブームは、本物のブームになるのかもしれない。
<文・写真/HBO編集部>